CONTENTS



小樽支部との交歓会の開催
ゴルフコンペ優勝者一覧
文化講演会の開催
中大音楽研究会吹奏楽団演奏会の開催
中大アメリカンフットボールチーム:自転車競技部への応援
北海道平和セミナーへの参加
第49回札幌国際ハーフマラソンへ応援参加
中央大学音楽研究会吹奏楽部演奏会の開催
平成17年度事業活動
平成18年度事業活動
平成19年度事業活動
平成20年度事業活動
平成21年度事業活動
平成22年度事業活動
平成23年度事業活動
平成24年度事業活動
平成25年度事業活動
平成26年度事業活動
平成27年度事業活動
平成28年度事業活動
平成29年度事業活動





支部の活動報告・・・平成26年度事業活動

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平成27年1月28日
札幌市役所白門会新年会への参加

 厳冬の中、平成27年札幌市役所白門会(会長:長谷川雅英=総務局行政部連絡調整担当部長、会員数:68名)の新年会が、 上田市長、OBと現役職員合わせて33名の出席のもと、ホテル札幌ガーデンパレス4階「真珠の間」において午後6時15分から開催されました。 当支部からは檜森支部長、西原幹事長が参加しました。
 今回は、新年会に先立ち、上田文雄市長(昭和47年・法)による「市役所白門会の後輩に向けて」と題した講話や市長への質疑応答が行われました。 その後長谷川会長の開会の挨拶、檜森支部長の挨拶に続き、「ブラボー札幌」の歌に合わせ、市長による乾杯の音頭で懇親会に入りました。 最後は全員で校歌・応援歌・惜別の歌を力一杯唄い上げ、知野 学副会長(平成3年・法・市長政策室創造都市推進担当部創造都市推進担当課長)の乾杯の音頭で盛会のうちに終了しました。
 その後は恒例となっている二次会は、一次会での盛り上がりそのままに盛況のうちに終了しました。

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平成26年12月10日
支部年末懇親会の開催

 師走に入っても雪が少ない日が続く最中、恒例の支部年末懇親会が午後6時から京王プラザホテル札幌の3階「扇の間」において 檜森支部長以下87名の会員が集い開催されました。約2時間30分お互いの近況を語り合いながら、母校の更なる発展に向けて奮闘を誓い合いました。 司会進行は、鈴木舞((有)ミュージック企画)さんにお願いしました。
冒頭、支部長から「本日は寒い中また選挙でお忙しい中、たくさんの学員会の皆さんのご出頂き有難うございます。支部長に就任してから2年目になりますが、 元気で、明るく、仲良くという非常に単純なスローガンをモットーに皆さんと頑張ってきたつもりですが、まだなかなか思い通りにはいっておりません。 よろしくお願い致します。挨拶は、短く幸せは永くという教育をいつも受けております。ついては本学の今年のトピックスをご披露します。



 @ 当支部学員の渋谷幹男氏(昭和36年・法・渋谷司法書士事務所)が秋の叙勲で黄綬褒章を受章。


 A 第91回東京箱根間往復駅伝競争予選会において本学は7位に入賞し86回連続して出場。
 B 平成26年度の司法試験の本学の合格者は164名で早稲田大学(172名)に次いで第2位。
 C 8月17日岡山県倉敷スポーツ公園野球場で行われた全日本大学準硬式野球大会の決勝で本学準硬式野球部が2年ぶりに日本一。
 D 9月5日〜7日に横浜国際プールで行われた第90回日本学生選手権水泳競技大会において本学が男子総合優勝。
 E 12月5日に大阪府立体育館において行われた2014年全日本大学バレーボール選手権大会の決勝で、本学が18年ぶりに最多13度目の優勝。
 来年も皆さんと元気で明るく仲良く学員会の活動を続けていきたいと思いますのでよろしくお願い申し上げます。」

続いて来賓の上田文雄札幌市長からもご挨拶を頂きました。



「市長になりまして12年が経ちました。学員の皆様方には特段の関心をお寄せ頂き、またご支援を頂きまして本当に有難うございました。 今年を振り返えりますと、国際芸術祭を72日間7月19日〜9月28日迄開催させて頂きまして概ね大好評といいますかあるいは成功したと言われ終わる事が出来ました。 これは今年だけの事業ではなくて、今年やったからということではなくて平成18年に私が市長に就任して3年目に「創造都市札幌」というものを宣言させて頂きました。 成熟した都市におけるこれからの持続可能な発展を考えた時に、多様な価値観をみんなで認め合い、そしてそれを刺激し合って、創造していく、いろんな活動をする中でそういう創造的な発想というものが一番大事であると思います。
 例えば、われわれの札幌ではいろいろと工夫をして参りました。雪がたくさん降る、じゃまになるものでありました。 これを克服しなければならないという発想から、それを利用するにはどうしたらいいのかと発想を転換するということで大きな雪祭りが出来、あるいはそういう発想が、利雪という事を促し、 そしてこの街が発展をしていく、これは大きな発想の転換でありまして、まさに創造的な発想がなければ、雪祭りはこういう形にはならなかったであろうと思われます。 そういう意味で創造性を刺激するのにはどうしたらいいのかという事になりますと、それはやはり芸術・文化とうものが非常に大きな役割を果たすであろうという事で芸術・文化を大事にして、 特に現代美術という分野になりますとある物をいろんな観点で見て、それをわかっても、わからなくても、なんだろうなと思う事によって、創造性をあるいは物の見方の角度を変えてみるという事が可能になる、 刺激をするそういう分野であります。現代美術というものをテーマに国際芸術祭を「創造都市札幌」の延長線上において象徴的な事業という事で取り組みをして頂いているところであります。 街中でいろんな催し物がありましたので、どこかでご覧になっていると思いますが、47万人程の方々が鑑賞して頂いたという事で大変嬉しく思っているところであります。 この事業は3年に一度開こうと思っておりますので、また2年〜3年後にこの催し物を開催したいと思っております。是非多くの皆様方にさっぽろの街をこれからイノベートして、革新していく時の物の考え方、 発想の仕方が豊かになるように、是非きっかけ作りになればいいなと思っているところでございます。つい先日第4回の定例市議会の冒頭に、11月27日ですが2026年のオリンピックを札幌が再びチャレンジしようという事で、 これは市民合意をとりつけて、いよいよ機は熟したという事でオリンピックを、もう一度札幌でやろうという事を決意させて頂きました。 1万人アンケートを取りましても札幌の人達は、三分の二以上の方がオリンピックをやろうと、いろいろお金がかかる事があるけれども、しかし札幌のために、 子供達のためにもこれはすばらしい事業なので是非やろうという声をたくさん頂きました。私どもも様々な困難を乗り越えて行くことを覚悟しながら取り組んでいこうと考えております。
 困難を乗り越えるという事は、そこに様々な力が必要であります、特に市民の皆様方のその結集力といったものが図られる、乗り越えていく力それは市民力といえると思います。 これからの人口減少、あるいは超高齢社会などさまざま、われわれが今まで経験した事がない困難にぶちあたる事だろうと思います。 それを乗り越えていくのは、行政の力だけではとうてい出来ません、市民の皆様方が行政と一体となって、 あるいはそこで活躍をされている様々な企業の皆様方と協力をしながらこの打開をしていく力をつけていかなければなりません。 困難を乗り越える力を鍛えていく、鍛え抜かれた市民力を我々は育てていく、獲得をしていくそんな道のりとしてオリンピックという大目標を掲げて、これから走っていきたいと考えております。 是非頑張り抜くようなそんな市政になります事を心から期待しております。そして今日迎えました一年を締めくくる時期になりましたけれども、私に取りましても、12年の間市長として、 わが学員会の忘年会に出席させて頂きまして、多くの皆様に本当にご支援を頂きました事を心から感謝を申し上げたいと思います。これからはフリーの立場で出席させて頂ければうれしいなと思いますし、 多くの先輩の皆様方そして同僚、後輩の皆様方と共に語り合い、この札幌が住みよい街になるように、そして我々も生き生きとこの街で生活が出来る、そんな活動が出来る、 そんな一つのチャンスにこの会が役立って頂ければければと思っております。檜森支部長にはこれからもますます頑張って頂きたいと思いますし、私共も本当に、ここに集い学生時代同じ釜の飯を食ったという関係もあります、 同じ大学で同門で育った事を大事にしながらこれから頑張っていきたいと考えております。長い事ご支援を賜り、心から感謝を申し上げます。」
 続いて第1部の卓話「心に残った事」に入りました。講師に大口順子氏((株)札幌オフィスワーク・代表取締役)を迎え以下のようなお話しを頂きました。



「私は、現在札幌オフィスワークの仕事とか、司会や研修の仕事、私自身はもう現場には立っておりませんが、また11年前からペット事業も手がけており、お陰様で今ペットは大変ブームですから楽しい仕事でございます。 ほかにペットのウェアーの仕事もさせて頂いております。私の家族は、大変温厚な夫と子供達は独立しておりますけれども、可愛いペット三匹と暮らしています。 夫は大変寡黙で真面目な人です、話がこみ入ってくると「無口で不器用だから」と自分の事を必ず言います、その時私はそれ以上何も言えませんので、只笑ってしまうだけです。 そんな家族に支えられ今日の私があるのかなと思って感謝しております。私が起業したのは42歳の時です。今年で23年を迎えます。この年迄こうして働かせて頂ける事は、大変有難いなと思っております。 年金が少ないからと言って、どこかで働きたいと思ったって、口ばかり達者で誰も使ってくれないと思います。今は自分で働く場所を自分で創って、そしてそこで働いている事に何時も感謝しながら働いております。 毎日が楽しいです。初めから起業をしたかったわけではなくて、どっぷり専業主婦でした。20代の前半に結婚したものですから、何にも解らないで、主婦をして、お母さんをして、そのころは、 今みたいに便利な時代ではありませんでしたので、なんにもありませんでしたので、おむつは全部洗わなければならないし、毎日洗濯です、今みたくパンパースのような便利な物が全くあるわけではないですから、 もう全て手作業、全て手作りで、離乳食のはてから全て手作りでした。子育てで忙しかったですし、自分の事は後回しでした。 流石が洗濯板は使っていなかったのですが、全自動ではないわけですから、本当に忙しい日々でした。
 夫はというと、おむつかえを一度もしてくれた人ではないですので、私はその事に対しては、何の不平、不満もなかったですし、あたりまえだと思っていました。 だから主婦をやっていく事に、家の事をやっていく事に何の疑問も感じないで過ごして参りました。
 私の姑は、スーパーウーマンでして、8年前に94歳で亡くなりましたが、とにかく何でも出来る人でした。出来るといったら、何でも一から作りだすわけです。 それで姑が亡くなる前に、いろんな事をちゃんと聞いて置いていけなければならないと思って、数年前にメモ用紙を持ちながら「お母さん、いろいろ聞きたい事があるのだけれど、教えて欲しい事があるのよ、 お味噌の造り方、どうやって造るの、麹の造り方は?」全部メモしたのです。昔、水飴を造って子供達によく食べさせていた事をよく聞いていたものですから、いろいろとメモしました。 すると姑がいきなり「今頃どうしたの、この時代に、何でもあるじゃない、そんな便利な物があるのだから買った方が安いよ、面倒な事はしなさんな」と言われたものです。姑にしてみたら、 大変苦労な時代を過ごしてきたわけですから、そんな事を考たくもなかったのだろうと思います。
 でも振り返ってみると、何でも自分で作り出せる、自分でやれるという事は、生きる力に繋がるのではないかと実感いたしました。
私は夫の都合で地方で暮らしていました。子育てもそちらでやっていました。家庭はそれほど楽じゃなかったものですから、安いお給料でかつかつでやっていました。それで節約するのが自分の仕事と思っていましたから、何とか節約する方法はないかと何時も考えていました。それで、一冬、灯油を買うお金を節約しようという事になりまして、薪ストーブを買いました。丁度、近所に建築家さんがいまして、そこから、どこかの住宅を解体した廃材を貰いまして、自分で鋸を挽いて、一冬暖房代を節約した事があります。自分としては、灯油の節約位大した気にはならなかったです。今思えば、いい経験だったと思います。  そんなどっぷり主婦の私が何故起業したかという事ですが、まだこの頃は20代でして、若い時にある会社の経理課に勤めていました。経理課時代の上司が後にその会社を退職し会計事務所に転職しました。 ある時その上司が訪ねて来て、仕事を手伝ってくれないかと声を掛けられましたが、その時は子供も居たし、働きに出るなんていう事は想像も付かないし、今は子育てが楽しいし、 それからこの環境も替えたくなかったという事もありましたし、それから両立は、きっとどこか無理が出るであろうし、負担が誰かに掛かるだろうと思ったものですからお断りしましたが、 元上司が何とかならないかという事で、時間から時間まで勤める事は出来ないが、自宅でやる事であれば、大丈夫だという事で引き受けました。子供達が寝ている間にやりましたから、 家庭では働いている姿を子供にも主人にも見せた事はありませんでした。今も昔も子育てしながら働くという事は、本当に大変な事なんです。勤めに出ると子供は、大人の段取り通りに動かないものですから、進まないんですね、 今日は仕事頑張ろうと思っても、急に熱が出たとか、幼稚園、保育園の行事があるとか、学校の行事があるとか、自分の本心とは別に、休まなければならない、仕事を残してでもやむなく早退しなければならないとか、 そんな事がたくさんあるものですし、これが全部お母さんに来ているものですから、ひとりで働きながら、子供の世話をするというのは、そういう意味で大変なんだなあと思います。家事につきましては、 今は指一本で出来る事ですから、わりと家事は楽だろうと思いますが、そういう事だろうと思います、子供達が帰って来ても夕方になると、やはり昼間会っていないから、ぐずぐずしてからみつく、 お母さんはご飯仕度をしなければいけないし、するとイライラします。そういう事なんだろうと思います。だから、今父親参観って言われたり、イクメンなんていう言葉が飛び交っていますが、そういう事に繋がるのかなあと思います。 私は、自分は零細企業なものですから、産休で休まれても補充が出来ません。何故なら戻ってきても、補充した人を辞めさせるわけにはいきませんので、だからといって余剰人数を抱えるほど力はないものですから、 私の会社では子連れで出勤してもらっています。私自身も子供を育てた事があるので、何となく解るのです、その時期に親の側にいたいのだろうなという事、だからみんなで協力すれば、そこはなんとか乗り切れるし、 人を入れなくても、私は、ともかくクリア出来るなという事がありまして、今このような事をしています。
 何年か仕事をし、子供達も大きくなって、少しアルバイト賃が貯まって来ました。私は節約家ですから、あまり浪費はしない方ですので、そのお金を貯めました。 それで、このお金を何か自分ために使ってみてもいいのではないのかと、ふと思ったのです。一歩踏み出してみました。実は、私は人前で話すのがまったく苦手で、非常に上がり症の上、失神しそうになるのです。 それで、このお金でスピーチの勉強をしてみようかなと思いまして、アナウンスアカデミーに入りました。一生懸命に勉強しました。楽しかったです。 人間って自信がつくと、試したくなるものですね、どこかでやってみたいなと知らず知らずのうちにアンテナを張ってるのです。 なにか発信しているのです。そうした時に、当時は地方におりましたので、選挙のウグイス嬢として乗ってくれないかと誘いがありました。習った発声でやるものですから、自分としても手応えがありました。 次に地方の結婚式場でスカウトされました。「結婚式の司会をやりませんか」とやった事はまったくないですし、まして早く結婚したんですが、友人達もまだ結婚はしていませんでしたから、そんな場面にも出席した事もありません。 それで一度見学させて下さいと言って、テープレコーダーを持って、二人ぐらいの司会者さんのやっているところを録音させて頂き、家に戻ってから一所懸命自分なりに原稿を作って、自分なりの表現でシナリオといいますか、 流れを作りました。それを何百回となく練習しました。別にオファーが来てるわけでもないのに。自分が次に立てるわけでも全くないのに練習しました。そうしましたら、次のチャンスがやって来ました。 結婚式の前日に司会者さんが倒れたという事になりまして、穴があいたと、結婚式場から急遽「どうだい、やってみれるかい」と話が来て、その時は震えましたが、やりました。 その当時はコーラス隊みたいなロングスカートが流行っていまして、足はかくかく、ガタガタ自分で震えているんです、でもロングスカートで隠れているからちょっとわかりません、かた、かたと震えながら穴埋めをやりました。 私の姑がよく言っているのですが、「泥棒を捕まえてから縄をなうような事をしてはいかん、泥棒が逃げちゃうよ」常に前倒しで準備していて、チャンスがきたらすぐ逃さず掴みなさい」という事を言っているのだ思いますが、 これは今でも私の教訓です。その後司会の方も、2,000 組はやったと思います。本当にたくさんの結婚式を司会させて頂ました。たくさんの幸せな場面にふれ合って、わたしもとっても楽しい心地になる、 いい仕事だったと思います。ところが、だんだんベテランになってきて、慣れてくると、エンドユーザーはお客様なんですが、私達にとってのお客様は、ホテルとか結婚式場なんです。 ある日、そこの担当者から「大石さんのところ、若い人いないの、ちょっと若い人をいれてよ。」私も含めて勉強したいという何人かスタッフもいましたので、その人達も一緒になって高齢化になりますよね、 これにはちょっと考えさせられました。私にも言いたいのだろうが、言えないんですよね、その時に自分の幕引きは、自分で決めなければならないのかと考えました。だけれどこの子達もかわいそうだなと、 こんなに上手なのに、ある年齢になったらだんだん干されて、仕事がだんだん細くなっていく、まだまだこれからなのに、はいあなた年だから、これで終わりです、かわいそうだなあと思いました。 だから何か夢を与えたい、次の道もあるんだよ、私が道を作らなきゃと思ったんです。それが研修という事業とか研修講師をやって、人前で話せるという技術、特技ですかね、これを生かせるような事をしようと、 これが起業の動機です。ここで一応法人化しました。しかし滑走路は長いんですね、だからやはり従来の結婚式の仕事だとか、経理事務の仕事とか全部合わせながら繋いでいきました。 仕事はいろんな事をしましたけれども、どんな仕事も本当に無駄な事はなくて、学ぶ事がとっても多かったです。
 今から15年位前になりますが、ある結婚式で、結婚式に合わせて挿入曲を入れますよね、入場の曲とか、キャンドルの曲だとか、それがスタッフの若い男の子が、何時もと違ってばたばたやっているので、 どうしたのと聞くと「大石さん知ってる、今日ね中国人のお嫁さんなんだよ」、「知ってるさっき、聞いたけれど」、そしたら、私達、結構打ち合わせがないものですから、いきなりやるもんですから、 情報が2〜3時間前にもらってやるので、ぶっつけの仕事をやってたものですから、数が多かったものですから、 「知っているかい、僕、昨日聞いたんだ、それでねお父さんも、お母さんも、親戚も、兄弟も誰も来れないんだって、入国手続きの何かの関係で来れなかったんだと、お嫁さんたったひとりなんだって、 在日中国人の人がお見合いをさせて、農家に紹介して、お嫁さんになったんだって、日本のお嫁さんになるという事で、日本の花嫁衣装を着て、たった一人なんだって、ところが日本語はわからないんだってさ、 僕それを聞いて、すごく可哀相になって、昨日の夜テープ買ってきた。」そのころヒット曲には、全部中国バージョンがあったんですね、彼はそれを選んで来て、歌詞をみても、全部中国語なので、 意味がわからなくて控え室にいる在日中国人にのところに行って、この文章の内容で結婚式にふさわしいかどうかをひとつ、ひとつ目を通して、チェックして貰いました。 その事でばたばたと、走り回っていたんです」それでいざ新郎新婦が入場してきました時に、今のヒット曲が中国語できれいに、流れて入ってきました。なんとも感動しました。 それでお嫁さんの不安そうな顔が、一変にファーッと表情が明るくなったんですね、安心したという顔でした。不安がスーっと抜けたという顔をしていました。会場の雰囲気もとってもいいもので、 来賓の方の挨拶も興奮してしまって、地域を束ねているえらい方が挨拶して○○さんもう日本に来て、お嫁さんになったからには、私達みんな地域一同で、あなたの事を守りますと言うつもりが興奮してしまって、 あなたの事をわたしが守りますと言ってしまつたのです。その位伝わったと感じました。言葉ではなかった。みんなが思った気持ちがこれに伝わったなあ。いい結婚式でした。実は、担当したこの若者もアルバイトだったのです。 与えられた仕事をこの通りやって下さいよと、すれば済む事です。何にも苦労する事はないです。それをあえて、自分で考えて、やっぱり喜んで貰いたいとか、安心して貰いたいとか、満足して貰いたいとか、 そんな気持ちで動いてやったんだろうと思います。そこの結婚式場は、アルバイトでも一人一人に結構、責任と権限を与えているので、多少テープを買う位の予算は、後で請求すれば、貰えるんだそうで、それで与えていた。 やっぱり、そこの結婚式場自体がみんな、全体が一つの方向を向いて動いていた。目的意識がみんな一緒だったから、目指すところは一つですね、結局、いいものという事でそれになったんだろうと思います。 その結婚式場は、お客様の希望は、叶えるだけ、叶えるんです、大体叶えない事はない。やれる事はやってあげようというところなんです。ですから、一組、一組が全部違うんです、パターンが、だからスタッフも、 私達外注も、緊張感あふれているのです、毎回緊張しなかったらやれないくらい息がぬけない。人間というものは、安きに流れて楽な方向がいいに決まっているんですけれども、でもそういう緊張の中で、やり遂げた時は、 充実感てあるんですね。やり甲斐、喜びも、やったぞと言う喜びも感じられるいいものでした。
 12月の10日位になりますと、私は何時も思い出します結婚式があります、式場がすごく込んでいました一本目、2本目を担当してまして、一時間ごとに、どんどんいって、切り返しがあるのですね、 一本目も終盤になってきた時に、2本目の担当者がぱあっと入って来ました、「大石さあーん」泣いているんですね」、「どうしたの」と聞くと、 「2本目の新郎が、死んじゃったの」、「えーっ」、これ新聞に載っていましたけれども、随分前の事ですが、新郎が結婚式場へ来る時に、ワイシャツか何かを買おうとして、お店に寄ったんですね、 今この時期、道路が滑るでしょ即死でした。ワァワァ泣いているわけですよ、「どうしょう」と思った時に、スタッフも結構若かったものですから、取り敢えず金屏風を外しましょう、テーブルのお花全部さげましょう、 キラキラしたものは、一回さげてというふうにして、受付では、受付したのですが、お金は取らなかったんです。一部は友人の中には、この事を知っている人がいまして、この話が広まって泣いている人もいました。 取り敢えず全員テーブルに付いて頂きました。そして新郎のご両親は、現場に走ったものですから、新婦のご両親が、事情を説明するので、司会をして下さいと言われたのですが、全然声にならないのですよ。 今声を出したら、嗚咽になりそうでした、泣き、泣き地声で、その事を言って、ご両親から説明を受けたんです。誰も帰らないのです、シーンして、友人達のテーブルでは、泣きじゃくってますし、 困ったなあと思いながらも、私も泣きながら「今日は、こういう結婚式をする積もりだったんですよとか、クリスマスが近いからスタッフが、全員サンタクロースの格好をするように用意をしていたんですよ、 プレゼントも用意して、くじ引き大会もあって、きっとやったら盛りだくさん楽しかったであろう、結婚式どんなに楽しみだったか話しをしました。そういうふうに進めようと思っていました。残念だったと話をしました。 それでもみんな帰らないので、困ったなあと思っていたら、入り口の方からお嫁さんが、白いドレスを着て、友達に抱えられ、泣きながら入ってきました。「ああどうして来たのだろう」と思って、ご両親の側まで行ったんですね、 そうしたら、お嫁さんは、どうもお腹に赤ちゃんがいたようなのですね、そして入って来たのです。
お父さんが「娘は、今こうして花嫁姿をしてる、これで最後かもしれない、明日は喪服になります。皆さんこれからも、どうぞ応援してあげて下さい。」と最後の挨拶でした。会場は、みんな涙、 涙で本当に今でも、忘れられない結婚式でした。
今思う事は、この外注の私の提案に、みんな同じ方向を向いていましたから、一斉に動いてくれたからです、こうやろう、ああやろうと、そうだね、そうだねと目的意識がみんな一緒だったから、コミュニケーションが出来ていたからという事もありました。  ですから私は、外注であろうが、アルバイトであろうが、契約社員であろうが、手を抜かないで、一所懸命仕事はすべきだろうと思います。どんな仕事でも、経験する事、体験する事が自信となって、自分の力に変えますね。と何時も思っておりました。  その後研修講師のお仕事も、どんどん増えてきました。結婚式の現場はだんだん退く事になりました。けれどもいろんなテーマで研修させて頂きましたが、一番学習効果があがったのは、 自分だったと思います。本当に勉強しますからね。新入社員研修もそうです。毎年新入社員研修をやっておりますが、研修の時に、ああそうだった、ああそうだったと思うんですね、だから何時もビカピカの新入社員には、 「挨拶は、先手必勝ですよ、職場に行ったら、一番先に元気な声でお早うって、元気に、にこにこと言うんですよ」、でも半年も経たないうちに、誰もしなくなるんですね。 ホローアップの時でも、どうしてしないのと聞きますと、先生に言われて、挨拶したのだけれども、返事返ってこないんだよ、「お早うごさいます。」と言っても、あまり顔も見てくれないって、 そしたらだんだんしなくなるんですね、やっぱり。それで、私は言いました「挨拶は、自分ためにするもんだから、そんな挨拶もしない人と一緒になったらだめだよ」と言うのだけれども、やっぱりテンション下がりますよね。 職場、風土って大事だなあって思います。そして言葉の力ってとても大きくて、人っていうのは、ちょっとした事で傷ついて、ちょっとした事で元気になったり、勇気を貰ったりします、だから人の心って、 心の底から突き動かされるような言葉にぶつかった時に、やる気だとか、その気が涌いて来るのかなぁってと思うのです。私の時代は、新入社員研修なんてあまり無かったものですから、やった事はありませんでした。 自分が勉強するまでは。でも今、最近の方達は、みんなよく出来ます。学校で受けて来ますので、それから面接の仕方、ばっちりマニュアルがありますので、ものの見事にやります。 ちゃんと答えます。職場あれフェアーじゃないですよね、入社したらガラっと別人のようなんです、あの元気はどこに行ったの、あのはい、はいっと言っていたのは、なんだったの。あれってフェアーじゃないなと思いました。 後にそれを見破る方法を、勉強会もありましたけれどもそんな風に思います。だけれども、マナーはしっかり出来ているのですが。それをどういう風に、自分の内面から引き出して使っていくかという事が大事だろうと思います。 今マナーが出来ない人っていうのは、私のように昔習った事がない人とそれから縁が無い仕事をしている人とか、役職についている人とか、年齢の高い人ですね。マナーも大事なのですが、仕事は心ですね。心じゃないかと思います。 心って見えないものですね、仕事の中で私が感じた事なのですが、一度、これも結婚式の時なんですが、新郎のお父さんという人が、やはり人前で話せなくて、打ち合わせの時にも全然話せなくて、 息子さんが、お父さん、大丈夫かい、お父さん大丈夫かいと何回も聞いているんです。これに対してお父さんはちゃんと書いてきたから、大丈夫、大丈夫だよ、ちゃんと書いてきたから、大丈夫だよと、いよいよ結婚式の当日、 ご両親のご挨拶という事で、お父さんが登壇しステージに立って背広のポケットの中からメモを取り出そうとしたのですが、無いのです。ぎりぎりまで練習していて、控え室に忘れて来たんですね。無いという事になり、 ものすごいしゃべれないお父さんです。それをわかった新郎が、ふっと横を見ると、お父さんがもじ、もじやっているのです、「どうした、どうしたとつぶやいているのが聞こえるのです。忘れた。大丈夫かとやっているのです。そして、 しばらく経ってから、お父さんが、大丈夫だ。」となにを言うのかと思ったら、そっとマイクの前に一段出て来ました。「皆さん,今日は、息子と嫁の為に、忙しい中を、有難うございました。」次いでこちらの方を見て、「有難うございました。本当に有難うございました。」と、 三方礼をやったのです。それだけですが。会場は拍手喝采です。あれ忘れて正解でしたね。「本日はお忙しい中、遠路はるばる」とやり始めると全然伝わらない、ありがとうという言葉を、身体で表現する、声で表現する、 おじぎをした、全身、いわゆるボディランゲージですね、全身でありがとうという気持ちが伝わってきた。私達も感動して、一所懸命手をたたいたのですが、そんな、やっぱり心に響くっていうのは、 言葉じゃなくて、全部眼です、眼の色、顔の色、表情、身体、態度ですね、言ってみれば声のイントネーションも入ってくるでしょう、だからそんな事を研修の時は、 若い社会人に、「そういうところを、一所懸命心を込めるっていうんだよと、だから込め方が、わからなかったら、こうやったらいい、ああやったらいいと教えた事を今でも思い出します。 今日のテーマは、「心に残ったこと」という事で、感じるままに話しまして、自分で経験をした中から、こんな事もあったなあ、でもそれもやっばり仕事に繋がっているよな、経験っていっぱいすべきだよなあ、 恥も、失敗も掻くべきだよなあと思いながら、感じるままにお話しをさせて頂きました。」

 講演の終了後第2部の懇親会に入りました。舟橋副支部長(昭和47年・商・舟橋公認会計士事務所)から「副支部長の舟橋でございます。それでは僭越ですけれども、乾杯をいたしますので、ご唱和をお願い申し上げます。」


 懇親会は、終始和やかな雰囲気の中で進み、会員同士名刺交換をされたり、日頃ご無沙汰している先輩への挨拶回り、杯を交わしながら笑顔で語り合う姿や、久し振りの再会を喜ぶ姿がテーブルのあちこちで見受けられました。












しばらく歓談の後、司会者から新規入会者の紹介があり今回は、8名が入会されそれぞれ自己紹介を兼ね5分程度の自己PRをお願いしました。



・伊藤 宏二氏(昭和56年・理工)ZEKKO INC.
・植田 克巳氏(昭和57年・法)日本中央競馬会札幌競馬場
・千葉 崇晶氏(平成15年・商)千葉崇公認会計士・税理士事務所
・寺田 昌人氏(昭和61年・商)寺田公認会計士事務所
・中村 真一氏(昭和57年・商)(株)ライフプラザパートナーズ札幌F業部
・西山 隆司氏(昭和56年・商)西山製麺(株)
・松井 宏衛氏(昭和55年・商)バイエル薬品(株)北海道営業所
・宮ア 正直氏(平成16年・法)廣部・八木法律事務所

 本会の目的は会員同士のより一層の親睦を深めるものであり、アルコールが入った所で恒例のビンゴ大会に入りました。




酔いが回ったせいか、なかなかビンゴがでませんでしたが、目玉の京王プラザホテル札幌提供の「食事券」2点は、熊谷一也氏(昭和57年・商・カメイオート北海道(株))、 佐々木教雄氏(平成3年・経済・(株)北洋銀行経営企画部経営管理課)、同じくカレースープセットは、廣川一彦氏(昭和40年・法)、 同じく「お菓子」は、井上春海氏(平成2年・経済・井上春海公認会計士・税理士事務所)、小笠原重喜氏(平成2年・経済・北海道総務部法人局法人団体課公益グループ)がそれぞれ獲得しました。









 今回は、本学のマーク入り中大グッズ「中大湯のみ」、「中大マグカップ」、「ステンレス製2重マグカップ」、「テディベアセット」、「校歌CD」、「ハンカチセット」等の景品を支部で用意し「ビンゴ」の掛け声で、 会場内も一気に盛り上がりました。



 懇親会の最後は、恒例となっている校歌・応援歌・惜別の歌の合唱に入りました。新規入会の8名の会員が壇上に上がり、それぞれ3番までフルコーラスで熱唱し、惜別の歌に至っては、全員輪になり、 肩を組むなど誰もが過ぎ去りし青春時代へ思いを馳せている様子でした。











結びは、長谷川副支部長(昭和58年・商・札幌市総務局行政部)が壇上に立ち、三三七拍子で盛会のうち和やかに終了し、散会となりました。


 尚、札幌市役所白門会より飲み物の寄贈がありました。


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平成26年9月19日
第2回中央大学学員会全道支部交流会の開催

  昨年第1回の会合の際、2回目は旭川で開催する旨の決定を頂いておりましたので、 旭川グランドホテル17階シヤンドール会議室において午後5時より当支部より檜森聖一支部長・西原幹事長、函館より平沼冠三支部長、 小樽より関口正雄支部長、帯広より後藤裕弘支部長、地元旭川より八重樫和裕支部長・武田勇美幹事長・上村ゆうじ副幹事長・安藤泰愛会計幹事出席のもと開催しました。
 冒頭檜森支部長から「本日はお忙しい中、全道各地からご出席を賜り有難うございます。 当支部としましては、明るく、元気で、仲良く交流をしていこうと考えておりまして、これからも全道の各支部さんとはいろんな機会をとらえて交流を進め、 現役の学生達のためにも、あるいは卒業生のためにもより一層交流を広げて参りたいと考えております。」続いて西原幹事長司会のもと議事に入りました。

 議案第1号「平成25年度支部活動について」
  各支部から別紙によりご報告を頂きました。

「札幌支部」
@支部ゴルフ大会の開催(年3回、参加人員41名)。 A父母連絡会札幌支部総会への参加。 B学術講会の開催(参加人員134名)。 C支部総会の開催(参加人員97名)。 D第1回学員会全道支部交流会の開催(参加人員13名)。 E第81回全日本アイスホッケー選手権大会へ出場の本学アイスホッケー部の応援参加。 F支部年末懇親会の開催(参加人員84名)。G札幌市役所白門会総会・新年会への参加。

「旭川支部」
冒頭、武田幹事長から「支部に登録している学員は250名位いるが、総会等の案内を出しても出席者が少ないので事業もなかなかやれない。」
@父母連絡会道北支部総会への参加。 A第25回大学対抗親睦ゴルフ大会への参加。 B学術講演会の開催(参加人員38名)。 C支部総会の開催(参加人員23名)。 D第1回学員会全道支部交流会への参加。

「函館支部」
冒頭、平沼支部長から「支部に登録している学員は100名位いるが、総会等の案内を出すと出席者は25〜30名程度と少ない。」
@父母連絡会函館支部総会への参加。 A支部総会の開催(参加人員22名)。 B第1回学員会全道支部交流会への参加。 C父母連絡会函館支部新年会への参加。 D函館東都リーグ幹事会への参加。 E支部新年会の開催(参加人員18名)。 F函館東都リーグ新年会への参加。

「小樽支部」
 関口支部長から「昔は小樽も相当力があり、中大の卒業生も多くさんおられたのですが、学員のほとんどが60歳を過ぎて高齢化が進んでおります。 若い人が小樽に定住して支部の集まりに参加する事が難しい状況にあります。平成12年当時は80名位の学員が在籍しておりましたが、 現在は30名程度の学員から年会費を頂いております。」
@花見会の開催。 A中大・日大対抗のゴルフ大会への参加。 B支部総会の開催。 C東都21大学交流会への参加。

「帯広支部」
後藤支部長から@支部総会の開催(参加人員19名)。 A第1回学員会全道支部交流会への参加。 B支部新年会(箱根駅伝感想会)の開催(参加人員17名)。

「釧路支部」
中村釧路支部長は都合により欠席されましたが支部活動報告書によると、 @支部定期総会の開催(参加人員14名)。 A第1回学員会全道支部交流会への参加。 B支部新年会の開催(参加人員13名)。
各支部の活動報告に続いて、武田旭川支部幹事長の司会進行で八重樫旭川支部長のご挨拶の後懇親会に入りました。 会は終始和やかな雰囲気で行われ各支部間の情報交換も出来ました。 会合の中で@学員の転勤、転居等による異動情報を所管の支部へ連絡して欲しい。 A支部交流会主催による全道大会を2〜3年を目途に開催してはどうか。 B本交流会は毎年札幌で行い、数年置きに地方で開催する事になりました。

 最後は安藤旭川支部会計幹事の締めの乾杯で閉会となりました。


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平成26年9月6日
第49回ゴルフ大会の開催(小樽支部との交流ゴルフ大会)

 本年度2回目は、北広島市にある「札幌リージェント倶楽部トムソンコース」において開催されました。 小樽支部との親睦・交流を兼ねた本大会は、3回目に当たり、小樽からは関口正雄支部長(昭和47年・法・関口正雄法律事務所)、 米山八郎氏(昭和34年・商・(株)温泉後楽園・相談役)の2名のご参加が頂き、 当支部からは西山眞吾会長(昭和41年・商・西山製麺(株)・相談役)、 檜森聖一支部長(昭和45年・法・(株)北海道二十一世紀総合研究所・代表取締役社長)以下12名で総勢16名の4組となりました。 久しぶりに紅一点富樫靖子氏(平成7年・商・富樫正浩氏夫人(平成5年・商・公認会計士富樫正浩事務所))の参加を頂き和やかな雰囲気の中、 前半のアウトコースを午前8時21分にスタートしました。当日は真夏並みの暑さと蒸し暑さでしたが、ゴルフには良い日よりでした。
 恒例により競技終了後表彰式を兼ね懇親会を行いました。 優勝は当支部の工津輝雄氏(昭和39年・商・(株)エミツク・代表取締役・アウトコース42、インコース38)、 準優勝は小樽支部の米山八郎氏(アウトコース43、インコース47)がそれぞれ獲得し西山会長から賞品と副賞を、 他の入賞者にも賞品と全員に参加賞を手渡しました。またベストグロス賞は工津氏が合わせて獲得しました。 その他にニアピン・ドラコン・大波、小波・平和賞等々の景品を盛りだくさん用意しました。
西山会長から「当支部の大会は高齢化も進み、年々参加者が少なくなって来ているので、小樽支部との交流大会は、今後も継続していきたい。」
又関口支部長、檜森支部長からもそれぞれご挨拶を頂きました。
続いて優勝者の感想、また今回初参加の富樫ご夫妻の靖子様からは、「子育てが一段落しましたので、主人共々参加しました」、 また伊藤宏二氏(昭和56年・理工・ZEKKO INC.代表取締役)、寺田昌人氏(昭和61年・商・寺田公認会計士事務所)からは、 「楽しい会なので来年も是非参加したい。」との挨拶をそれぞれ頂きました。
 会は終始和やかな雰囲気で進み、次年度の再会と健闘を期して和気あいあいの内に散会しました。
 尚、関口小樽支部長からゴルフボール、檜森当支部長から優勝者への副賞とゴルフボール、 会員の高橋恭平氏(昭和48年・理工・(株)タカラ専務取締役)からワイン、 同じく田代信一氏(昭和56年・文・(株)京王プラザホテル札幌・リスク管理担当支配人)からはお菓子の詰め合わせを景品としてご寄贈がありました。


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平成26年8月7日
平成26年度支部総会の開催

 連日厳しい暑さが続いている中、天気予報は雨でしたが、受付が始まる頃は曇りとなり雨もあがりました。 総会は午後6時より京王プラザホテル札幌の3階「扇の間」において、学員会本部より久野修慈会長、小畑悟副会長、熊坂和也父母連絡会札幌支部長をご来賓に迎え、 檜森支部長以下101名の会員が集い開催されました。約2時間20分お互いの近況を語り合いながら母校の更なる発展に向けて奮闘を誓い合いました。



 司会の進行は西原幹事長で進められました。

議事に先立ち支部長から
「私が支部長に就任してからやっと丸1年経ちましたが、元気で、明るく、仲良くやろうという事でいろんな交流を進めておりますがお陰様で父母連絡会札幌支部さん、 全道各支部さんのご協力もありまして、懸案でありました全道各支部との交流会を去年に続いて本年も来る9月19日(金)に旭川市で開催することになりました。 これは偏に会員の皆さんの暖かいご協力によるものだと思っております。 とにかくこういう世の中ですけれども元気で、明るく、仲良くどんどん交流をしていけば、本学にとっても、あるいはこれから卒業してくる後輩達にとっても非常に良い事であり、 これからも参加するという事が会活動を活発にすると私は思っております。 私は平素から挨拶は短く、幸せは永くという事をモットーにしております」と挨拶があり、続いて支部会則第10条3項に則り支部長を議長に第1部の総会に入りました。




第1号議案「平成25年度事業報告並びに収支決算報告について」
 幹事長から別添の資料に基づき報告し、次いで会計監事の高橋恭平氏(平成48年・理工)から監査報告があり諮った結果出席者全員異議なく承認されました。
 続いて第2号議案「平成26年度事業計画(案)並びに収支予算(案)について」
 幹事長より別添の資料に基づき説明し諮った結果異議なく承認されました。

 続いて第2部の卓話「裁判員制度について」講師は奥田正昭氏(昭和51年・法・札幌地方裁判所所長)にお願いをしました。講演の要旨は下記の通りです。



「裁判員制度の運用が始まりましたのは、平成21年5月21日という事でもう既に5年を経過しております。本年5月頃には裁判員制度が5周年という事で新聞あるいはテレビの記事等で特集がたくさん組まれました。
 この制度について簡単に申し上げますと、通常3名の裁判官と一般の市民6名の合計9名で合議体を構成し刑事裁判について、 例えば殺人事件等の重大な事件について、有罪か無罪かを決めると共に、有罪という事になれば量刑といって、 刑を何年にするかという事迄決めていくというシステムであります。これまで全国で多くの裁判員裁判が実施されておりますが、 全体としてみると、これまでは順調に運用されてきているという評価を頂いております。 これも偏に裁判員等を務めて頂いた国民の皆様方の強い熱意と情熱あるいは誠実さに基づいて運用されたと考えております。
 本日はむしろ裁判員についてもう少し身近に感じて頂いて、もし皆様方が将来裁判員に当たった時には、 積極的にその職務に取り組んで頂けるのではないかという事で、若干広報的なお話しをさせて頂きたいと存じます。 先ず、平成21年5月から今年の5月迄の間ですが、全国で約6,500人の被告に対して裁判員裁判が行われ判決等が言い渡されました。 事件ついては、裁判員としてこれまで38,000人というたくさんの人達が関与して頂き補充の裁判員(裁判員がいなくなった時の補充のために選んでいる)と併せて 合計50,000人の方にご協力を頂いているという事でかなりの数になります。北海道では四つの裁判所がありますが、 そのうち札幌地方裁判所が四分の一強を占めておりますが、これまで154人の被告人に対し刑事判決が言い渡されました。 札幌でも裁判員900人、補充の裁判員300人併せて1,200人の方に裁判員等として事件の審議に関与して頂きました。 年間札幌ですと、30人前後の刑事被告人に対して裁判員裁判が行われております。 実は、札幌市内には三つの裁判体がありますのでそれぞれ三分の一ずつ分担して事件の審議等に当たっております。 この様にかなりの数の道民の方々のご協力を得てこれまで概ね順調に審議が行われて来ました。
 最近裁判員裁判に対する国民の参加意欲といった面で気になる傾向が出て来ております。実は裁判員をやって頂いた方には、 終わった後にアンケートを実施しております。
アンケート内容は、
 @ 審議は理解しやすかったか。
 A 法廷での弁護人や検察官、裁判官の説明等は充分理解しやすかったか。
 B 裁判員に選ばれる前は、選ばれる事についてどんなふうに思っていたか。
 C 裁判員をやった後の感想はどうでしたか。
この回答結果をトータルしますと、裁判員に選ばれる前の段階では約半数50%の方が、やりたくない、あまりやりたくないと、半分の人が嫌がっているという結果がでております。 所が実際裁判に関与し終わった後に聞くと95%の方がよい経験をしたという感想を頂いております。 実は、読売新聞が6月末に実施した世論調査の結果が去る7月11日付けの朝刊に出ておりまして、裁判員裁判なんか止めてしまえ、 あるいは今後も継続していいかと聞いたところ74%の方が、(今のままあるいは少し改善がいるよという事は別にして) この裁判員裁判を是非続けましょうというご意見の方が多かったという事でかなり受け入れられております。 逆にもう裁判員制度はいらないから止めてしまおうという方は17%という低い割合でした。又同時に同じように裁判員に参加したいですか、 あるいは参加したくないですかと聞いたところ79%の方が出来ればやりたくないという回答でした。 これは裁判員に参加するという事で前向きに取り組んだ方に聞いた意見と、そんな事はぬきにして 一般に広く聞いた意見ですから、多分やりたくないという数は増えるなという感触は当然わかります。それにしてもかなり多くの人が否定的な回答をした。
 ただ今の経験した結果と合わせて考えますと、どうも実際のシステム、あるいは裁判員がどう動いて、 どんな事をやらなければならないという事を恐らくあまり皆さんは事前に知らないので、一定程度拘束されて仕事も出来なくなるし、家庭の事もいろいろ気になるし、 だからこそ拒否反応があった。という事になっていると思われます。我々裁判所の立場として、裁判員というものは、一体どういうもので、どんなところが問題があり、 それらについて皆さん方にしっかりと問題点を事前にアナウンスして理解して貰い、もっと気持ちよく取り組んでもらえるように、 広報という事を積極的に考えていかなければならないと思っております。そうすると多くの方は裁判員をやる事によって、こんな問題とか、 こういう不都合があるのではないかと、不安に思っている部分があるだろう、そういう事について、 我々としては誤解を解くようなお話をしていく必要があると思っております。
実は裁判員の広報ついてはいろいろな企画を立て改めて取り組むため現在検討を進めている最中です。この制度の問題点について何点かにしぼってお話をします。
 @ 選任手続きにおける辞退の申し入れについては、いろいろあっても断り切れないのではないか、不安もあるのではないか。
 A 裁判員裁判は一体どんな風に行われているのか、その実情のご紹介
 B 精神的な負担という事で、裁判にもありましたが、死体の写真を見て具合が悪くなり、何故そんなもの見なければならないのか等、そのケアーがどうなっているのか。
 C 守秘義務の問題について。
 先ず裁判員を経験したかどうかは、守秘義務の範囲から外れているので別に違反にはならない。法律上守秘義務は二つの側面から課されております。
 一つ目は評議の秘密という事。これは裁判官と6人の裁判員とで事実を確認し判断をする際に密室でいろいろと意見交換をしますが、誰がどんな事を言ったなんていう事、 その時の審議内容等について外部に漏らしてはならない。仮に違反をすると刑事罰という事もあり得る。
 二つ目は法律の条文では、その他職務上知り得た秘密は漏らしてはならないという事。これは事件の中で知り得た被害者とか被告人の出所来歴、 親戚関係あるいはどんな事をやって来たかという過去の事プライバシーに亘事等。 これは職務上手続きの中で知り得た事でこんな事を他でオープン言われたらかないません。これも当然常識的に考えればそんな事を言っては拙いと解るわけです。 法廷の中で行われた審議については、誰にどんな事を言ってもまったく問題はありません。ただ法廷を離れて評議室という所で裁判官と裁判員と話した中味については、 話しては駄目だという意味で、括りはっきりしています。というような事を考えて頂くと守秘義務についてはそんなにアレルギーを持つ必要はないのかなと思っております。
 実は裁判員経験者の中から希望される方にご出席を頂いて、意見交換会を開催しており、札幌でも9回やっておりますが、その中で経験者数名の方から、 いろんな話を伺って不都合があれば直すという事でこれまで取り組んで参りました。去る6月16日に実施した意見交換会の中に、裁判員の経験者の記事が、 7月17日の北海道新聞に載っております。我々としては、裁判員としての経験をいろんな方にお話しして、自分はこんな事を思った、こういう不都合があったけれども、 こういう形で何とか裁判官と一緒に意見交換が出来たよ、と言って頂く事によってもっと安心して参加出来る、 普通にやっていれば大丈夫なんだという事を理解して貰える事が大事なのかなと思っております。
 裁判員裁判の実情という事ですが、札幌地方裁判所では毎年大体5,000人〜8,000人程の方に、 年によって違いますが裁判員候補者として選んでお伝えしております。実はこれは裁判所が選んでいるのではなくて、選挙管理委員会の方で、選挙人名簿の中から一定数、 予定された人数を無作為に選んで、その対象者に裁判員として登載されたという事を裁判所から通知をしております。 そうして次の一年の間に、ひょっとしたら裁判員に当たるかもしれませんよと予告し、心構えをして頂く事になります。 その時に70歳以上の人は裁判員をやらなくてもいい事になっておりますので、これは義務ではありませんから70歳以上でも本人がやると言って頂ければ、 問題なく実施して頂くわけです。
 弁護士、警察官とか定型的にやれない職種については、そういう事を言って頂ければ当然排除致します。 またその段階で重病のため動けないという事になれば、書面で裁判所にご連絡頂ければそこからはずして、またお呼びしますというよう形で工夫をしております。 その後個別にある裁判、例えば殺人の事件が開かれる事になりました。 今度10月から始まりますよという事になると、その一定前に裁判員の方80人〜100人に声を掛けて、来て頂きませんかとお願いをします。 その方については、出来れば来て頂きたいのですが、当時試験中で単位を取らないと落第してしまいますとか、 学生でそもそもいけませんというような合理的な理由があればOKですという事ではずすという事が出来るわけです。
 当日は大体30人前後の方にご出席頂いておりますが、最終的には6人の裁判員と補助員1〜2人を選ぶというのが一般的であります。 ですから裁判員を7人〜8人を選ぶために30人というのは多すぎないかというお話がよくあるのですが、当日来て頂いたけれども、いろいろな事情で私は、 この被告人を知っているから駄目ですとか、仕事の用務でどうしても私がはずれたら会社が成り立たないという事であれば、これは当然はずしてもいいわけです。 そういう具体的な事情をお伺いし、その生活に支障が出る、あるいは介護のために親の面倒をみなければならないから、とても裁判員は出来ませんという事は、 それは合理的な理由ですのでその方もはずす事が出来ます。
 こういった事で、どんどんはずしていって、ひょっとして6人に、 もし満たなくなってしまうと裁判員裁判出来ません。数ケ月前から準備をして、証人もその日に来てもらって、一気呵成に何日間で審議しょうと思っていたところが、 それが出来ないとなると結局改めてやり直すという事、これは刑事被告人も身柄を拘束されているのにまた伸びるのかという話になって、これはとんでもない話で、 そういう事からする一定程度予備を持った上でその中から選んでいく事をしないと、ぎりぎりで持っていたのでは、不測の事態に対応できない事になり、 そこである程度ゆとりを持った人数を選ばせて頂いて何とか来て頂いて、やっているという事です。ですからやりたく思って来たのにおれはやれない、 けしからんと極たまに言われるのですが、そこはこのシステムとしてしようがないところがあるのでご理解を頂ければと話をしているところです。 そういう事で辞退の理由については、裁判所は非常に柔軟に選ばせて頂いておりますので、困るとか、今日はどうしても駄目なんだ、今週は外したいとか、 いろんな事情があれば積極的に言って頂ければ充分対応させて頂いているというところです。
 審議の期間については、テレビ等でご覧になったとおり、大体一番長いので100日間という裁判もございますが、札幌でやったのでは長いものでは、 21日、短いものでは2日で終わっております。そういった意味で非常に短期間に審議をするという事で裁判所も工夫をしながらやっていて、 大体半数以上の事件が5日以内に全国的に見ても終わっているところで、合理的な範囲でやっているのかと思っているところでございます。
 例えば4日の事例を話しますと、月曜日に始まって火、水、木という事です。4日間で終わる事件を取ると、一日目の午前中に選任手続きを行って、 朝来てもらって大体1時間半位で手続きか終わります。いろんな不都合の事情を皆さんからお聞きして、 駄目な人をはずした上で、残った人から抽選で無作為にぱっと6人が選ばれるという事で、当たった方にお願いするという事になっております。
 その日は午後から法廷を見て頂いたり、あるいは裁判官と懇談をして頂いて、気持ちをつないで頂いて、審議は普通その日はしない事になっております。 翌日の火曜日から実際の審議が始まります。法廷で検察官の起訴状朗読という事で、被告人は○日○時被害者を殺しました。 というような事を読んで、それから双方の検察官、弁護人から意見を言ってもらって、審議の対象、 ここがポイントですよという事を明らかにした上で実際に必要な証拠を調べていきます。
 例えば殺害ですと、 目撃をしていた証人を聞いてその人から事情を聞くといったような事を続けていくわけでございます。そして大体一日で審議を終わります。 証拠の調べた物を朗読して聞いたり、捜査資料の結果を聞いたり、足りなければ現場で見た人を証人として呼んで来て、そこで話を聞いたり、 被告人から直接どんな事をやったのだと話をしてもらったり、そういう事を踏まえて大体そこで結論が出る、事実関係が全て揃います。 その日はそれで終了したとしますと、翌日は評議という事で、今迄審議をした結果に基づいて、裁判官と裁判員とが部屋にこもっていろんな資料を基にいろんな意見を出す、 本当にこの人がやったという事でいいのか、どうなのかという事を検討していく事になり、その結果大体その日のうちに評議が纏まって、 翌日判決に向けての準備をし、午後から判決の言い渡しというような事になってくるので意外に簡単な手続きで進んでいく事になります。
 ただこの間の集中度は極めてすごいものですから、皆さん本当に一生懸命聞いて頂いて、終わった段階では、皆さんああ疲れたという感想を述べておられますが、 ある意味で本当に充実感のある緊張感を感じられたのではないかと思われます。審議では20分やったら5分の休憩、 30分やったら10分休憩という事でおりおり休憩を取りながら一息入れて、又気持ちを切り替えて次ぎにやるというような事で集中を途切らせず、 又気持ちを切り替えて休憩を取りながらやらせて頂いているのが現状でございます。
 裁判員裁判の精神的負担と申し上げましたのは、 実は東北のある管内で裁判員をやっていた女性の方が、死体の写真とかそういう物を見ていわゆる、PTSD(心的外傷ストレス障害)を発生されたという事で、 それはこのシステムが悪いのだという国家賠償の裁判を起こしている事件がございます。まだ進行中でございますがそういう事態がありうるという事です。
 で、実際に殺人事件等の審議をするという事になれば、どうしても亡くなった事を前提にしても、本当にその人が包丁で刺したのか、刺さないのかという事になりますと、 刺さった傷の角度とか位置とかそういったものを確認した上でその人が本当にやったかどうかを見ざるをえないという事で、 場合によればそういった写真を見なければならない場合もあるわけなんですが、それに替えられるものとして、例えば図であるとか、データーに解析したものにするとか、 実物を見ないでも勿論可能になるわけで、そういった精神的にトラウマを抱える事のないような証拠のだしかたを裁判所ではいろいろ工夫をしてやっているところでございます。
 仮にどうしても見なければならない事件があります。それは勿論あるんです。そういう場合には、裁判員に選任される前の段階で実はアナウンスしております。 今日これから行う栽培員手続きではそういった普通の人なら見たくない写真が証拠として出されておりますが、大丈夫ですかという事をお聞きします。 そしてその上でいやそれはちよつと耐えられそうにないという事であれば、お話をして頂いて裁判官と若干の意見交換をした後通常ははずしております。 という事なのでそういった事に耐えられないような方が裁判員に無理遣り参加させられるというような事は実際あまり考えられないと思いますので、 その意味で精神的な負担を抱えかねない方に対する工夫も、以前より進んで来たのかなと思っております。加えて裁判官や裁判所職員も普段から裁判員裁判の進行中は、 いろいろと周りから見ておりまして、具合が悪そうとか、顔色が悪いといった時はそこで休憩を取ったり、何か不具合がありましたかとお話しをしたりして、 いろいろとケアーをするという事をやっております。また裁判が終わりましてからも、裁判員の精神的なケアーに関するいろいろなサポートシステムがありますので、 そういったものを利用して面談とか電話によるアドバイスを受けるとかそういった事も出来るようになって来ております。まだ完全に充分かと言われると、 いろいろとまだ検討すべき事は多々ございますが裁判所といたしましても、こういった精神的なケアーについて工夫を重ねているところでございます。
 最後に本日ご出席頂いた学員の皆様の中には、会社の経営者あるいは事業主として多くの被雇用者を雇ってる方もご出席されているのではないかと思います。 私からのお願いでございますが、もし従業員の方等から裁判員に当たったというご連絡がございましたら是非気持ちよく送り出して頂きたいと思っているところでございます。 というのはこれまで何人かの裁判員の方からお話しを伺っておりましたが「出席するのに大変苦労したんだよ」とよく聞きます。 それは皆さんは責任を持った仕事をされているわけですから、そう簡単にぱっと言われて一週間も会社を抜けていいのかというと、 それはかなり辛いところがあるわけですから、会社の中でもいろいろと工夫を重ねて頂きながらやっております。 これまで裁判員制度がうまく回ってきたのもそういった事業主を含めた皆さん方のご協力・暖かいご支援があってこそこの裁判員制度がうまく回ってきたのです。 今後、もしそういう機会がありましたら是非暖かいご配慮をして頂けたら有り難い事だと思っております。
 只この期間にこいつを抜かれたらうちの会社は潰れるよという事情があれば、それは是非おっしゃって下さい。 裁判所もその話を聞いて、そういう事情があるのならば無理ですねという事でその方を裁判員の候補者からはずすという事を現実に実施しております。 ですから裁判所はその 実情を伺った上で合理的な範囲内でやれる事、 やれない事を考えながら実施しているところでございますのでその点も合わせてご了解を頂ければうれしいなと思っております。
 裁判所としましては、これから裁判員制度をしっかりと社会に根ざしたものとしてもの更に育てていき、 あるいは制度を更に創って行かなければならないと考えておりますので、今後ともご協力を頂ければ有難いと存じます。 実は裁判所しましては、こういった広報を積極的にやらなければならないと思っておりますので、皆さん方のグループあるいは地域。 あるいは会社の事業所単位で結構でございますので、裁判員制度についてもう少し勉強したい、情報が欲しいなという事があれば、 裁判所の職員は当然の事ながらご要望に応じて派遣をした上で説明会等を実施させて頂く等の企画を今進めているところでございます。 もし可能であれば現役の裁判官を派遣します。実際にされている刑事裁判官ですから「自分はこんな事をやって、こんな事に苦労した」というような事を含めたお話しも出来るんだろうと思っております。 一定の範囲であればそういった事に対応する事は可能であると思っております。またツールとしてDVD等裁判員についてのいろんなグッズもございますので、 そういうものも活用させて頂きながら栽判員についてご理解頂きながら、これから将来にわたってこの裁判員制度が定着していくためのいろんな工夫の礎となればと思っている次第でございます。 裁判員制度について、そんな始めから、頭から嫌がるようなものではないよと、参加して、体験して、本当によかったという事を言って頂ける制度である事を前提に今後とも裁判員制度についてご理解・ご支援を頂ければ有難いと思っております。」

 続いて第3部の懇親会に入りました。



 当支部顧問の金井重博氏(和38年・商・(株)富士メガネ名誉会長)から
「去年の春迄北海道と東北地区の同窓会の副会長をさせて頂きました。 本日は非常に多忙の中、久野会長さんと、そして北海道・東北担当の副会長さんにお出で頂きました。 本日は101名の出席で全国規模でもこのようにたくさんの同窓が集まった支部総会は珍しいと思います。
 そういう中で今後皆さん学員同士助け合って、皆さんのライフスタイルのいろんな形で協力して中央大学、学員会、 札幌支部そして皆様方のご多幸・ご健勝を祈念して乾杯の音頭を取らせて頂きます。日頃ご協力を賜りましてありがとうございます」
ご挨拶と乾杯の音頭で宴に入りました。
 ご来賓の久野修慈会長から



「今日札幌地裁の所長さんが大変高い見地から裁判員制度についてお話しになり私も大変参考になりました。 さて先般皆さん方に大変なご迷惑をお掛けしましたが、学員会に対する大変な訴訟がございました。相手は36人の弁護士が間にいたわけであります。 こちらは10人でしたが、東京地方裁判所も高等裁判所も全てその裁判を無効としました。学員会が全てについて正しいという結論を得ました。 裁判官の皆さん方は確かに正しい裁判の判決を下すのだと思いました。中央大学も新たに国際化の中で生きていかなければならない時が来ました。 前々から申し上げましたように本学には残念ながら資産がありませんので都心には展開出来ません、しかしそのためには、 国際的に大学の地位を上げていかなければなりません。今本学がやるべき事は、国際的に優れた先生を多摩に20人位呼んで来て人的な投資をして、 本学のグレードを上げる事だと思います。本学が繁栄する事が基本であり、 中央大学を卒業した皆さん方を含めた中央大学の結集力をどこまで持って行くかが基本だと思っております。慶応大学は現在卒業生の支部が920ありますが、 中央大学は230支部しかございません。この慶応の国際的な同窓会組織に本学が勝つような対応をしていかなければならないと思っております。 先程支部長さんがおっしゃいましたように北海道の大学の卒業生の支部連絡会をおやりになるという事でありますが、 その心の交流こそ本当に大学の繁栄に繋がってくるんではないかと思います。 日頃から皆さん方には大学あるいは学員会等に大変なご理解・ご協力とご支援を賜っている事について心から厚くお礼を申し上げます。 とにかく勝たねばならないと思います。大学も国際競争に勝つためにはどうしなければならないかという事が大事であります。 この度本学の理事長に最高裁判事の深澤さんが選出されました。私は深澤さんを信頼しておりますのでご推薦申し上げ、 そして本学の改革のためにはこの理事長が必要だという事で強力に推薦しました。どうか皆さん方この深澤先生はすばらしい方ですので、 今後ともご理解・ご協力を願って本学改革のためにいろいろなご意見を学校なりあるいは我々に頂く事を念じましてご挨拶に替えたいと存じます。」ご挨拶があり、 続いて小畑学員会副会長から



「私の顔とこの雰囲気を見て北海道・東北担当の副会長という事は、信じがたいと思いますけれども、 世の中には信じられない事がたくさんありまして、この仕掛け人は、金井さんが男鹿のなまはげに非常に関心を持って頂きまして、 私がなまはげだと言っても信じなくて2〜3年前にお越し頂いてご案内した事がきっかけで北海道・東北担当の副会長をおおせつかった次第です。 今本学の駅伝チームが北海道で合宿をしておりますが、私は野球も好きですが、どちらかというと体育系のものですからやっぱり中央大学は駅伝です。 それで大事な事は駅伝というのが世界の共通語になってまして、襷を繋ぐという事が、支部でも、親子でも、会社でも非常に大事な事だと思っております。 そういう事で、本日お集まりの皆様に来年の支部総会へ呼んで頂く事をお願い申し上げ、又駅伝に応援をして頂く事をお願いしてご挨拶とします。」
 懇親会は終始和やかな雰囲気の中で進み、 会員同士が名刺交換をされたり、杯を交わしながら笑顔で語り合う姿や、久し振りの再会を喜ぶ姿があちこちで見受けられました。













今回新たに会員となった学員は、 総勢11名でそれぞれ壇上に立ち、自己紹介と5分程度の挨拶を頂きました。


 ・上野 範幸氏(昭和53年・文)上野社会保険労務士事務所
 ・大川 卓也氏(平成22年・文)北海道大樹高等学校
 ・奥田 正昭氏(昭和51年・法)札幌地方裁判所
 ・奥村 徹氏 (平成5年・経済)日清製粉(株)札幌営業部
 ・田中 英和氏(平成13年・法)みずほ証券(株)札幌支店
 ・田森 亘氏 (平成12年・商)ほけんの窓口グループ(株)
 ・楢木 共明氏(昭和49年・法)ハミューレ(株)
 ・藤 俊哉氏 (平成18年・法)浄土真宗本願寺派永福時
 ・村田 雅彦氏(平成11年・法)弁護士法人小寺・松田法律事務所
 ・渡邊 英貴氏(平成18年・法大院)渡辺法律事務所
 ・岩井 貴之氏(平成9年・商)(株)JTB北海道













 懇親会の最後は、恒例となっている校歌・応援歌・惜別の歌の合唱に入り、全員が輪になり、肩を組み合ってそれぞれ3番迄フルコーラスで熱唱し、 誰もが過ぎし学生時代へ思いを馳せている様子でした。







結びは、舟橋副支部長が壇上に立ち「本日はお忙しい中お集まり頂き有難うございました。 久野会長の迫力あるご挨拶に圧倒されましたし、小畑副会長のとてもユーモア溢れるしかも秋田からわざわざ当支部総会のために、 秋田の有名な荒又酒造の銘酒をお持ち頂き有難うございました。本当に中央大学の仲間は、とても有難く、嬉しい存在であります。 また12月の忘年会に皆様と元気にお会い出来る事を楽しみにしております。」


 最後に、久野会長、小畑副会長、金井顧問が壇上に立ち三三七拍子で締めを行い和やかに終了し、散会となりました。


 尚、支部総会へ札幌市役所白門会より飲み物の寄贈がありました。

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平成26年7月29日
中央大学学術講演会の開催

 本学主催、学員会札幌支部・父母連絡会札幌支部共催、札幌市教育委員会・札幌商工会議所・(協)中小企業振興センター後援による学術講演会が 北海道経済センター8階Aホールにおいて午後1時30分から開催されました。講師には野村修也氏(中央大学大学院法務研究科教授)を迎え 「社外取締役はなぜ必要なのか」と題した講演に一般市民、商工業者、学員、父母連絡会札幌支部会員併せて185名が熱心に聴講しました。 講演に先立ち檜森聖一支部長から開会の挨拶に続き講演に入りました。



「ただいまご紹介にあずかりました野村でございます。私は北海道の生まれでありますので、わざわざ来たというよりも、帰ってきたというような形でありまして、実はちょっと親が今、函館を離れまして札幌におるものですから、 昨晩から札幌にまいりまして、ちょっと親のところに寄らせていただく、そういう機会を得ましたことを大変ありがたく思っている次第でございます。 札幌に戻ってまいりますと、やはり涼しいなという感じが昨日あたりはしていたのですけれども、今日になりましたら、あまり東京と変わらないなというような形でありまして、 それでも風がやはりさわやかな感じがしております。東京のほうはどうしてもじめじめとしているというような形でありますが、今日はこういう中で、お暑い中、こうやってお集まりをいただきましたので、 ぜひ来てよかったというふうに思っていただけるようなお話ができればというふうに思っております。
今ご紹介があったのですけれども、この中には、中央大学御出身の方は、学員という言葉を聞いてもすぐにおわかりになる方、おられると思うのです。学員という言葉はよく使われる言葉でありますが、 市民の方々で、中央大学と御縁がこれまでなかった方は、学員って何だろうというふうに思われる方もおられると思いますので、一言申し上げさせていただきますと、学員といいますのは卒業生のことを指しております。 中央大学は卒業生のことをお互いに学員というふうに呼んでおりまして、学校とのつながりを持ち続けるというような意味を持っているわけでございます。
中央大学というのは長い歴史がございまして、もともとは130年ぐらい前に、イギリス法律学校として発足したわけでありますけれども、その当時の卒業証書は、 他の大学とはやや趣の違った卒業証書を実は配っておりまして、それは長い巻物のような卒業証書を配っていたのです。そこには全員の教員が名前を書いて、そして、君たちの卒業を祝すという言葉と同時に、 いつでも大学に戻ってくるようにということを書き添えて、それでともに学員として育ち続けるということを誓い合ったという、そういう背景があるわけでございます。
 そういったような中央大学でありますけれども、先ほどちょっとご紹介がありましたように、中央大学はこのような学術講演というのを各地で開かせていただいております。 企業の皆様方、今日はたくさんおられますので、簡単に言えばCSRの一環ということでありまして、社会的な責任を果たすべく、このような形で社会に対して情報発信するわけでありますが、 考え方によっては、逆に私ども教員が、象牙の塔にこもって、そこで好き勝手な研究をしているということは許されない時代になってまいりまして、このような形で社会の方々の前でお話をさせていただくことによって、 自分の研究というものがどういう意味を持っているのか、あるいは本当に世間に通用するものなのかどうかというようなことを検証するという、そういう意味を持っているわけでございます。
そういう意味では、大変こちらのほうとしては苦しい場所でございまして、ふだん、大学の学生を相手にしていますと、時々質問に来ます。質問に来る学生の中には、なかなか鋭い質問をする学生がいるわけで、 すぐに答えられない場合というのがあるのです。やはり少し調べてみなければいけないということがありますが、そういうときには、来週答えるからというチャンスがあるのですよね。 ですから、学生には、今の時点でわかることを話した後で、来週、またもう一度話そうというような機会があるのですが、こうやって市民の皆さんと接触する機会は、これが1回限りということでありまして、 もちろんまた何度もお目にかかる機会があるにせよ、今日の話というのは1回きりということです。したがって、ここできっちりと完結をさせて、疑問が残らないような形で終わらせるということが大事でありまして、 そういう意味では、あいまいな話はできないという、そういう厳しさがあるわけでございます。
 さらには、学生にはやや抽象度の高い話をすることが多いわけで、学問でありますから、将来に向けて、長い未来に向けてのものの考え方というのをふだん教えるわけでありますけれども、 こういう形で皆様方と接触するときには、やはり今、多少役に立つことをお話ししなければいけないということになるわけです。大学の教員にとって一番それは苦手な分野でありまして、 未来永劫、役に立ちそうなことを抽象的な形で言っていると、あいまいではあるものの、何となく高尚な感じがして、これでことが足りるというところがあるのですが、現実の問題となりますと、 むしろ私などよりも、社会経験の豊富な皆さんのほうがいろいろな知見をお持ちですし、また、御意見もあると。そういう中でお話をするのは大変難しいという部分があるわけでありますが、 それは私どもにとっては勉強の機会だというふうに思っておりますので、またお気づきの点がありましたら、終わりの機会でもお話をいただければ大変ありがたいなというふうに思っております。
 さて、そこで今日は、社外取締役はなぜ必要なのかというお話をさせていただくのですが、これは簡単に申し上げますと、会社法というのが最近改正になりまして、その改正になりました会社法の中心的なテーマは、 社外取締役というもの、これを日本でも活用していこうという話になっていますので、そのことの御紹介を今日はさせていただこうというふうに思っているわけであります。 ちょっとレジュメの途中の部分をごらんいただければと思うのですが、数枚開きましたところ、ページというのが各スライドごとに小さな形で数字が打ってあります。 1ページに2枚のスライドが載っておりますので、上下に数字が並んでいるかというふうに思いますが、スライドの番号でいきますと、小さな数字で右下に8という数字が書いてある部分、 上の段が会社法改正(総論)というタイトルページになっていまして、下の部分で審議の経緯というのがあるかというふうに思います。
この一番下の部分が、平成25年11月29日で切れているわけでございますけれども、実はこの審議が無事終えまして、平成26年の6月20日に会社法は無事成立をしているわけでございます。 今日のお話を引き受けさせていただいたときには、まだ成立しておりませんで、レジュメ作成の時点では審議中ということだったわけでございますが、現時点においては会社法は無事成立しております。 これであとは施行を待っているという状態になっていますので、恐らく来年の4月には施行されるだろうという、そういう見通しになっているということでございます。
 実は5月のゴールデンウィーク明けぐらいに、もう既に会社法は成立するのではないかというふうに言われていたのです。ゴールデンウィーク前に衆議院のほうは通過をいたしまして、参議院に送られていました。 二院制をとっておりますから、両方で法律が可決されますと成立ということになるわけでありますが、参議院に送られた後、しばらくいろいろな議論が巻き起こってまいりまして、 最終、この間の通常国会の最終日にようやく成立となったという、ぎりぎりの成立だったということも少しお話の中に今日は交えさせていただいて、話させていただこうというふうに思っているところであります。
 いずれにしましても、もう既に会社法は成立しておりますので、その会社法の改正内容等を少し今日は御紹介させていただこうと、こんなふうに思っているわけであります。ただ、細かな会社法の条文を一々お話をしていましても、 中にはあまり関係がないやという方もおられると思いますので、その改正の背景となっているものの考え方、それを前半部分で少し詳しくお話をさせていただいて、そしてそれを皆さん方のお仕事のお役に立てていただければと、 そんなふうに思っているわけでございます。
 さて、私のことを申し上げて恐縮なのですが、私、先ほど御紹介いただいたときに、いろいろなことをやらせていただいていまして、最近では福島原子力発電所の事故調査委員、 国会事故調というふうに呼ばれていたものですけれども、国会のもとに設けられた事故調査委員をさせていただきました。 その当時は、よくメディアで、私が元総理とかを追及している場面が時々メディアに出てまいりましたので、それを見て、私を初めて認知していただいたというか、知っていただいた方は、 私のことを原発の専門家だと思っている方、結構おられるのです。
 実はその前は、私、年金記録問題の検証委員というのもやったことがありまして、年金記録問題、もうお忘れかもしれませんが、年金記録が5,000万件ぐらい、 誰のものかわからないというのが宙に浮いているというやつがあったと思うのですが、あれをずっと検証しておりまして、検証の報告書も出しましたし、改善策についてもいろいろと提言をさせていただいたわけであります。
その前は不良債権問題の処理などをやっておりまして、そういう関係で、私をどのタイミングで認識したかによって、私のことを、先生は年金の専門家じゃなかったですかねと。 社会保険労務士じゃなかったでしょうかというふうに言われる方とか、あるいは金融関係の方ではないですかというふうに言われる方がいるのです。 この間は、大変誤解されている方だと思うのですけれども、私が会社法のこういう形のお話をさせていただいたときに、ちょっと質問があるのですけど、先生は専門外のことを今日たくさんおっしゃられましたけれども、 本当に正しいのでしょうかというふうに言われた方がいて、私の専門は何だと思いますかと。それは原子力に決まっているじゃないですかというふうに言われたのですが、ちょっと前置きが長くなりましたけれども、 私の専門は会社法でございますので、今日は自信を持ってお送りしておりますから、どうぞ信じていただいて、何も間違いございませんので、どうぞご信頼をいただき、お話を最後まで聞いていただければ大変ありがたいなと、 そんなふうに思っているわけでございます。
 さて、そこで、会社法の改正がなぜ行われるのかということなのですが、世の中では、よくコーポレート・ガバナンスという言葉が出てくるわけです。 このコーポレート・ガバナンスというのは一体何なのかといいますと、ガバーンというのは統治するという単語ですよね。ガバメントというと、政府のことをガバメントというふうにいいます。 ですから、ガバナンスというのは統治機構のことを実は指しているのです。
統治機構といいますと、一番大事な統治機構は国の統治機構でありますから、国会があったりとか、裁判所があったりとか、あるいは行政府があったり、内閣があったりといったようなものです。 こういったような仕組み、要するに権力を行使する人たちがどのような形で権力を行使すれば最も効率よく、また、合理的に、そして不正がない形でそれが実施できるのかということを、国をつくるときにみんなが考えたわけです。
近代社会のときには、有名な方、例えばジョン・ロックさんとかいますよね。さらにはモンテスキューとか、そういうような人たちが、こんな形にすればいいのではないかというふうに考えて、 そして今の社会の基本をつくったということがあるわけであります。
 あの当時、何となく神様のような感じですね。ジョン・ロックとかいうとすごい人のような感じがしますし、モンテスキューとかいうと、会ったこともありませんから、 当然、すごい崇高な人のような感じがしますけれども、当時の人たちにとってみると、まさに生きている中で、これから、革命が起こりました、新しい国ができます、 その国をどういうふうにしておさめたらいいのかという、リアルな課題だったわけです。現実的な課題なわけです。ですから、いろいろなアイデアがたくさん出てきて、 そしてそのアイデアの中から最も合理的なものが生き残っていくという形で、今の社会の統治機構ができ上がったと。
人間関係というのはいろいろありまして、ちょっと横道にそれますけれども、ニュートンという方、知っていますよね。ニュートンという方は、万有引力の法則という、リンゴの木からリンゴが落ちたというのを見て、 それを発見したという話にもちろんなっているわけです。本当はそうではないみたいですけれども、とりあえずわかりやすいので、そのリンゴを見て万有引力を発見したという話になっていますが、 ニュートンというのはずっと研究を続けていたのですけれども、万有引力の法則を発見して著書を出しましたところ、ロンドンから呼ばれたのです。片田舎で研究していたのですけれども、 ロンドンに呼ばれまして、そうしたら、ロンドン社交界という華々しいところに連れていかれまして、それで、ここに住んでみたいというふうに思ったのです。それで、ニュートンという人は、 それで一たん戻るのですけれども、また研究室に戻るのですが、なかなか研究を続ける気にならずに、何とかロンドンで職を探そうというふうに思って、職探しをするわけなのです。 最終的には造幣局長官というのになるのです、ニュートンというのは。最後、偽金を取り締まる役人になりまして、それで晩年を迎えるということになるわけなのですが、造幣局の長官にまでなったわけです。 当時、最も有名な偽札づくりの人を摘発したというのが歴史に残っている。
ニュートンはそんな人なんだなというふうに思うかもしれませんが、何でニュートンの話をしたかといいますと、ニュートンがロンドンに就職したいと思って、 就職先をあっせんしてもらうというので、盛んに手紙を送っていた人はジョン・ロックなのです。ロックに、何とかなりませんかというふうに言って、それで職探しをお願いしていたと。 要するに、この話を聞きますと、私たちと似たような感じの人たちなんですね。要するに、何となく歴史上の人物になってしまいますと、特別な人のような感じがしますけれども、 どの人もみんな普通の人たち、みんなが同じように悩みながら、暮らしの中からいろいろなアイデアを出して、世の中をつくってきたということが言えるわけです。
ロックは、実はニュートンが盛んに手紙を出したにもかかわらず、職は面倒見なかったのです。自分の知り合いに、ちょっとこいつ、うるさいから何とかしてやってくれよというふうに言って頼んだところ、 造幣局が当たったと、そんな話になっていまして、そういう人間くささというのが実は存在しているということになるわけであります。ロックは要するに忙しかったのですね。 要するに世界の国をどうするかということを盛んに考えていましたので、それでいろいろな統治機構についてのアイデアが出てまいりました。
 その中で、皆さん有名なモンテスキューというのは、三権分立といって、権力というのを一つにまとめてしまいますと濫用されるので、三つの局をつくって、そしてチェック・アンド・バランスを働かせると、 こんなようなことを考え出した人たちがいたわけでございます。
 こういった統治機構というものが会社の中にも必要なのではないかというふうに考えたときに、出てくる概念がコーポレート・ガバナンスということなのです。要するに会社の中にも権力構造というのがあるわけでありまして、 もちろんお金を出した人、この人が自分の好きなようにコントロールしたいというふうにも思うのですが、たくさんの人たちが出資をしますと、みんなで決めるわけにはいかないという、こういう現象が起こってきますよね。 ですから、誰かに任せなければいけないということが起こってくるのですが、任せますと、任されたほうが、最初はいいかもしれませんが、だんだんだんだん自分の利益を追求したりとか、そういうことが行われてしまうわけです。 さらには、自分の都合のいいような形で経営をしていってしまうということになりますが、その経営のあり方をコントロールするためには、やっぱり会社の中にも何か健全性を担保するような、 こういう仕組みが必要なのではないかということがかねてから議論されてきていたわけです。
 株式会社というのは、1602年に初めて東インド会社というのができた、これが一番最初なのですけれども、そのとき、最初に取締役会というのをつくるべきか否かみたいなことが最初から議論されていて、 株主がみんなで経営すべきなのではないか、いや、取締役に任せたほうがいいのではないかみたいなことが常に常に議論されてきたということになっているわけです。
 これが延々と続いてきていて、今日に至っても正解はなかなか見つからない。どういうふうにすれば会社の経営というのがうまくいくのかということについてのコーポレート・ガバナンスの仕組みは、 世界でさまざまな議論が依然として続いているという、こういう状況にあるわけであります。
 では日本のコーポレート・ガバナンスの構造的な問題はどこにあるのかということを少し今日はひもといてみたいというふうに思うのですが、まずちょっとレジュメを1枚めくっていただきますと、 ここにドイツ型のコーポレート・ガバナンスという、これが出てまいります。一体なぜドイツ型というのが出てくるかといいますと、御存じの方、多いと思うのですが、日本の会社法、日本の法律は、 ドイツに学んだのです、一番最初。これでドイツのロエスレルさんという人につくってもらいましたので、日本の会社法の基本というのはドイツ型というふうになっているわけなのです。
 どうでしょうか、中央大学の方はご存じの方が多いと思うのですけれども、この最初の法定編さんのときに、中央大学というのは実は名を上げたわけなのです。名を上げたというか、闘争したというか、論争したというか、 そのためにできたと言っても過言ではないわけですが、江戸の末期にペリーがやってまいりまして、これは大変だと、黒船を見てびっくりしまして、そして海外と不平等な条約を結んでしまったのですよね、日本は。 この不平等な条約を何とか解消すること、これが明治時代の最初の何十年間の最も重要な行政課題、また、外交課題だったわけです。日本の最大のテーマだったわけです。 ですから、最初に岩倉具視さんという人が、とにかく世界を見てきて、一流の国になるためにはどうすればいいのかということを視察に行ったわけですね。岩倉具視というのは、当時でいえば、恐らく日本のトップです。 もし日本にその当時内閣総理大臣という制度があったとすれば、初代総理大臣になった可能性のある人ですよね。そのころ、伊藤博文さんなどというのはまだまだ若者ですから、まだ制度ができていなかったので、 そういった総理大臣にならなかったですけれども、トップの人です。この人が、とにかく日本から出て、世界を見に行かなければいけないということにしたわけです。残ったのは、 例えば西郷隆盛さんなんかはこちらに残りましたけれども、この政府を留守政府と当時は呼んでいたのです。留守番と呼んでいたわけです。要するにこの人たちは、一流、二流でいけば、二流の人が残っているということで、 一流の人は、とにかくまず世界に行ってしまったわけです。これは大変画期的なことで、当時は航海に出ても帰ってこられる保証はなかったのです。ですから、日本のトップの人というのは、命をかけて、 日本の国をつくるために最初に出かけていったという人達なわけです。
 もっとすごいのは、岩倉具視さん、ご存じの方、多いと思いますけれども、自分が行って戻ってきても、余命幾ばくもないと。何十年しか生きられないのに、私がこんなものを見てきてもしようがないからといって、 若いのを連れていけと言ったのです。若いのというと、今ですと、私たちの発想からいけば、二十歳前後の人、この人たちを連れていくイメージではないですか。ところが、当時の若い人というのは小学生なのです。 ですから、津田梅子さんというのがいますけれども、小学生です。後に津田塾というのをつくりますけれども、こういう人たちを連れていったのです。末松というのがありますよね。 彼女などを、連れていった人たちがたくさんいるわけですけれども、彼女たちをみんな連れていった発想というのは、とにかく将来を見据えて、若者に見せなければいけない。 そのために、このおじいさん連中が守りながら世界を見せて歩いたということなのです。そういうときに、中江兆民というのがいました。今の言葉でいうと、フリーターです、彼は。 職がないので、何とか入れてくれといって、コネを使って一生懸命あの船に乗りたがって、一生懸命乗ったのです。その当時、まだ20代だったと思いますけれども、後に自由民権運動を行います。 彼らみたいな人たちが、とにかく一緒に乗せていってくれといって、世界を見てきて、そして礎をつくったという、こういう国なのです。
そのときに、いろいろなことをやりました。鹿鳴館をつくって、そこで踊ってみたりとかやったのですけれども、どれもうまくいかなかった。世界からはまだ三流と言われていたのです。
そこで、一流になるために法律をつくろうというふうに、今の法務省、当時の司法省というのが考えたわけなのです。法律さえつくれば何とか一流だと認めてもらえるのではないかというふうに思ったのです。 そのためには、法典というのが、今、六法というのがありますけれども、憲法とか民法とか刑法とか商法とか刑事訴訟法、民事訴訟法と、六つあるのですけれども、この六法というやつ、 これをまずつくらなければいけないというふうに思いまして、法典の編さんを始めようとしたのです。それを、当時、法学部というのは東京大学にしかありませんでしたから、東京大学、後に東京帝国大学、 そしてまた東京大学と名前を変えるのですけれども、当時はまだ東京大学という名前だったのです。その東京大学に頼んだわけなのです。そうしたら、東京大学法学部の人は、そんなものはつくれないと言ったのです。 なぜかというと、彼らが教えていたのはイギリス法だったからなのです。
 これはどういうことかというと、イギリスには法典というのは基本的にないのです。法典というのは、もともとローマ法というのがありまして、 ローマが東西分裂した後、その後、残ったほうにユスティニアヌス帝というのが出てまいりまして、この人が法典編さんを命じて、Corpus Iuris Civilis というのをつくったのです。 これが当時、すばらしい法典だったわけなのですが、ローマが全て衰退した後、ゲルマン人がやってきまして、どうなったかといいますと、この Corpus Iuris Civilis というのはお蔵入りしたのです。 教会の倉庫の中に入ったのです。誰も見ることがなかったのです。ところが、12世紀になりまして、ボローニャというところに大学ができまして、ここに優秀な留学生が集まってきて、法学部というのができたのです。 さあ、何を勉強しようかと思ったときに、そのローマ法大全というのを発見したのです、倉庫の中から。それでみんなで勉強しまして、これで法典編さんの技術というのを考え出したわけです。 それででき上がったものを、当時、ゲルマン民族の人たちのところに持ち帰りまして、ローマ法をそれにあてがっていくという作業をしていったわけなのです。この集大成がナポレオン法典と言われているものなのです。 この文化は、大陸、ユーラシア大陸のところには普及したのですが、ドーバー海峡をわたってイギリスには行かなかったのですね。したがって、イギリスには法典をつくるという文化がなかったわけなのです。
 それでどうなったかというと、イギリスは、その都度、事件が起こったら、裁判官が、これが判決ですよといって解決をしていく、それをためていくという、判例法という考え方になったわけなのです。
 そこで、日本は、実は岩倉具視さんが行ったら、イギリスがどうも先進国みたいだということで、イギリスの文化をどんどん取り入れていましたから、そのために、法学部もイギリス法を教えていたわけなのです。 ですから、法典をつくれと言われても、法典なんか、つくり方を教わったこともないし、そんなものはできませんよというふうに言ったので、司法省は学校をつくったのです。 学校をつくりまして、そこに、しようがないから外国人の人を招いたわけなのです。ボワソナードさんとかロエスレルさんという人。ボワソナードさんというのは法政大学というところに大学をつくって、そこにお招きして、 研究室を用意して、そこで法典編さんをしてもらうという、そういう作業をしていたわけです、日本は。
 その状況が、ある意味ではものすごく拙速だったのです。何でもいいから、とにかく法典をつくれば格好いいではないかと、そういう勢い余って、何でもいいからという法典だったために、 日本の文化や自分たちの暮らしに合わないルールがどんどん導入されようとしていたわけです。
そこで、東京大学の先生方は、これはまずいというふうに思って、自分の教え子たちの若い優秀なやつを10何人集めてきて、おまえら学校をつくれというふうに言いまして、でき上がったのが、 対抗馬としてつくったイギリス法律学校、中央大学ですね、イギリス法律学校というのをつくりまして、法典の編さんに反対をするという活動を始めていたわけです。
 中央大学は、最初、法理精華という雑誌を出していたのですが、法理精華の表紙には、右半分側に光り輝く太陽がさんさんと照り輝いている青空が描かれていまして、下半分のほうには荒波の、 荒れた海が描かれているわけなのです。右上のほうには英語が書かれていまして、下のほうにはドイツ語とかフランス語とかが書かれていると。見ただけで、表紙からしても変な雑誌なわけです。 明らかにこの学校、変ではないかと思われていましたので、1年間でこの雑誌は発禁処分に実はなっておりまして、学術雑誌で発禁処分というのは、歴史上、この大学しかないわけなのですけれども、 政府に刃向かっておりまして、そういう形でやっていたのです。
 でも、このことはとても大事なことでありまして、何が大事かというと、実は先ほど御紹介したナポレオン法典というのも、実はずっとナポレオンが占領していくに当たって、 ドイツとかそういうところにもナポレオン法典が展開されていくのです。ところが、ナポレオンの勢力がどんどんどんどん小さくなった後、それぞれドイツならドイツでも、 このナポレオン法典をやめにしようという運動が始まるわけなのです。法典を否定するためには、新しい法典をつくるべきではないかということで、拙速に自国の法典をつくり始めるのです、みんなが。 そのときに、ティボーさんという人が急先鋒で、何でもいいからとりあえずつくってしまえと。穴があいているのだから、そこをつくってしまえと言ったのに対して、反対した人がいまして、 サビニーという人なのですけれども、この人は何と言ったのかというと、法律というのは、権力者が勝手に好きなようにつくるものではないのだと。むしろ私たちの暮らしの中で、 みんながこれがルールだというのを一つ一つ確認しながらつくっていくべきものであって、暮らしの中から生まれてくるのだと。自分たちの暮らしで、みんなが支持するものが正しいルールなのだということを言ったわけなのです。 このサビニーさんの最も優秀だと言われているお弟子さん、この人は、はい、わかりました、先生と言って、先生がおっしゃっていることを私が実証してみせましょうと言って、 世の中のルールというのは暮らしの中から生まれてくるのだというのを実証した人がいるのです。有名な人で、ここにおられる方、全員が知っている人です。兄弟なのですけれども、そのうちのお兄さんのほうなのですが、 ヤーコブ・グリムという人で、グリム兄弟のお兄さんです。この人がまさに森に入った理由というのは、歴史上、何を意味していたかというと、暮らしの中からルールができ上がるというのを実証するためにお話を集めていたのです。 そうしたら見つかったのです。こんな悪いことをしたらオオカミに食べられるぞ、こんなことをやったら張りつけになるぞというやつが、あれが全部私たちの暮らしの中から生まれてくるルールだということをまとめて示したわけです。 ですから、グリム童話は、みんな最後は残虐な刑罰みたいなお話ばかりなのです。残酷なお話ばかりということであります。
 さて、話が横道に相当それましたが、そういう形で、我が国は拙速に、とりあえずドイツ法を導入するということで、商法をつくり始めたわけです。我が大学は反旗をひるがえしました。 しかし、残念ながら負けたのです、この論争は。法典編さん論争というふうに言われまして、私どもは反旗をひるがえしましたが、実際のところは、やはり法典をつくるほうが勝ってしまった。 ですから、外国人に法典をつくっていただいたという形で決着するわけです。
 この長い闘争は、その後、我が中央大学は、長年にわたって実務家を輩出し、実務の中でルールをもう一度見直していくと。権力がつくった、国会がつくった法律が常に正しいとは限らないので、 私たちの暮らしの中で起こってくる実務的な紛争を通じて、新しい法律を発見していったり、現状の法典を修正していったりということに力をそそぎ続けてきたわけです。 中央大学というのはそういう歴史を持っている大学でありまして、まさにここにその精神を共有しておられる方もたくさんおられるだろうというふうに思っているわけであります。
ちょっと大学の宣伝になってしまいましたが、このドイツ型のコーポレート・ガバナンス、これを導入されたわけなのですが、ここでポイントとなりますのは、法典というのがあると、形を強制することができるのです。 実はここに三角形の図が見えます。
Hauptversammlung というのは株主総会のことを指していまして、左側に Aufsichtsrat と書いてありますが、こちらが監査役会のことを指しています。そして、右側に Vorstand というのがありますが、 これは取締役のことであります。三角形になっているのですが、この姿を見ていただいて、すぐに気がつく方が多いと思うのですが、これ、三権分立ですよね。三権分立をまねたものなのです。 要するに、先ほど冒頭お話ししたように、国の統治機構、モンテスキューは三権分立がいいと言った。それでいいのではないかということが発見されたのだから、ここだって三権分立でいいではないかという話なのです。
ところが、これ、自然発生的に、人を広場で遊びなさいといってぼーんとみんなを開放したら、三角形になるということは絶対にないのです。三角形というのは、安定的な形とは言われていますが、 人工的な形とも言われているのです。三角形になると、とりあえず安定はするのですけれども、これというのは、強制的にそのポジションを決めて、そこにまとめさせないとでき上がらない形なのです。 ですから、これは法典があるからこそでき上がっている形ということになるわけで、ドイツ型のコーポレート・ガバナンス、ドイツだけではありません、フランスでもみんなそうですけれども、 大陸型のコーポレート・ガバナンスは人工的にこの三角形を設けるという形でスタートすることになるわけなのです。それに対して、イギリス、そしてそこから分離、独立していったアメリカ、 こちらは法典がないと申し上げましたよね。ということは、法典がないわけですから、自然の形になるわけなのです。
自然の形は、私たちも実は経験があるのです。例えば町内会というのをちょっと考えていただきますと、あるいは団地でも結構です、マンションでも結構です。何かの集団ができます。サークル活動でもいいです。 全員が構成員というときに、理想形は、みんなで毎回集まって、みんなで話し合って、みんなで決める、そしてみんなで実施に移すというのが理想ですが、それは普通は不可能ということになりますよね。 そうしますと、普通、誰もが経験するのは、だったら代表の役員みたいなものを選びましょうというのが、普通、行われることなのです。ですから、全員で決めるべきものだけれども、 ここは執行部というのを決めましょうという形で、執行部を決めるのです。そこで、まず何人かの人、例えば100人の集団から10人選ばれましたみたいな形になるわけです。選ばれた10人なのですが、 その人たち、話し合いは10人ですから、100人でやるよりもよっぽど効率よくできるのですけれども、実際に決まったことを実施に移すときというのは、10人でいくのも、やっぱり人数が多いのですよね。 今日、あの人ちょっと風邪ひいたみたいだよ、あの人、何か海外旅行に行くみたいだから、ではいつ10人集まれるのという話になるので、例えば役所に陳情に行くといっても、10人で行かなければいけないとなると、 決まったはいいけれども、なかなか身動きとれませんよねという話になる。そうなると、大概出てくるのは、この10人の中からも、行動する人はもっと少ない人、例えば1人の代表者というのをまた選んで、 その人に行ってもらいましょうという、こういう形になるのです。話し合いも少人数で、さらにもっと人数の少ない人に具体的な行動をしてもらうというふうに、逆三角形のような形になるわけです。 これがアメリカ型のコーポレート・ガバナンスで、その一番上に shareholders meetings と書いてありますけれども、株主総会ですね。 この後に board of directors、ボード・オブ・ダイレクターズというふうに発音することも多いですけれども、この取締役会、そして officer と言われているもの、これが執行する人、執行役というふうに呼ばれている人なのです。 CEOとかという言葉、時々聞きますよね。何となく外国っぽくていいのではないかということで、社長のことをCEOと言ったりすることがありますが、その最後のOというのは、officer のことを指しています。 chief executive officer というふうに言われていますが、つまり一番下にいる人が執行する、経営のトップ、社長のことを指しているわけでありまして、真ん中にあるのがdirectors、これは取締役という人たちです。 取締役会で話し合いをする。そしてその上にいるのが株主総会という、こういう構造になっているということであります。
 さて、この二つの国のタイプ、大きく言いますと、大陸型のコーポレート・ガバナンスと、今出てまいりました英米型のコーポレート・ガバナンスというのを見比べてみますと、 どちらも三つの局から成り立っているのですけれども、三角形と縦に3列というふうに、別々な形になっていますよね。三角形と縦に3列ということになっています。
 このドイツ型のコーポレート・ガバナンスには、実は大きな問題があるというふうに長年言われてきました。それは何かといいますと、三つ独立していますから、独立性は非常に高いのです。 それぞれ別々なので、独立性が高いのですけれども、権限が乏しい。例えば取締役という右下のほうの Vorstand と書いてある、Vの字で始まっているやつです。
こちらをコントロールすることが目的なのですけれども、その監視役であるはずのAufsichtsrat と言われている監査役会に力がないと。遠く独立していて、会社の経営者からは独立性は高い、 渾然一体にはなっていないということはいい面があるのですけれども、権限が足りない。だから、あまりコントロールが及びにくいという問題点があるというふうに言われてきたわけなのです。
 それに対して、アメリカ型のコーポレート・ガバナンスは、この board of directors というのは、最後の officer というのを自分で選びますよね。ですから、選んで、報酬も自分たちで決めて、 クビにもするというやつですから、権限が強大なのです。コントロールするほうの側の権限がものすごく強大なのですが、下手をすると独立性が乏しいわけです。 なぜかというと、この board の中から選ばれるわけですから、board の中で一番力のある人が選ばれる可能性があるので、ここは渾然一体になってしまう可能性が高いわけです。 つまり社長が、本来、取締役会から監視を受けて、クビになったり、命令を受けたりというふうにしなければいけないのですけれども、この取締役会を、実は社長が牛耳っていますという話になってしまいますと、 形式的には強大な権限はあるものの、社長自身は何も恐ろしくない。自分自身は誰からもコントロールされていないという状態に陥りやすいわけですよね。
 ですから、もう一度言いますと、大陸型のほうは独立していますから、そういう点では渾然一体化はしていないのですけれども、権限が乏しい、ですからコントロールがききにくい。 アメリカ型のほうは、コントロールする権限はあるのですけれども、独立性が乏しいということで、ずっと問題を抱え続けてきたわけなのです。
それに対して、ドイツ型はどうしてきたかというと、大体おわかりのように、だったら権限を付与すればいいだろうということになりまして、この Aufsichtsrat という監査役会が、実は取締役を選ぶ権限を持っているのです。 さらには、取締役の行動に対して、自分たちの同意がなければやってはいけませんというふうに、強いコントロール権限を付与されるようになったわけです。つまりどんどん進化していったわけです。 独立性で乏しかった権限が付加されたので、相当いいガバナンスに変化したわけなのです。
 この段階で、実は1980年代ごろは、ドイツ型のほうが独立性があって、そしてどんどん法律によって権限が付与されていきましたから、アメリカ型よりもよっぽどいいと言われていた時代があったのです。 80年ごろ、アメリカのガバナンスは最低だよねと。なぜかというと、権限は形式的にはあるけれども、社長と board が渾然一体としているから、何もコントロールきいていないよねということで、 だからアメリカの経済は衰退するんだよねと言われていた時期があったわけなのです。世界で最もばかにされていたわけです。
そこでアメリカはどうしたかというと、だったら独立性を高めなければということで、どんどんどんどん board のところの独立性を高める動きを始めるわけなのです。その突破口となったのが社外取締役なのです。 つまり、社外の人たちを board のほうに、取締役のメンバーにたくさん入れることによって、この board というのは社長と権限を切り離しまして、独立性を高めていったわけです。 そうすると、もともと持っている社長の選解任権とか報酬の決定権限とかというのが生きてくるわけでありまして、そういう変化が生じてくることになったわけなのです。
ちょっと背景事情を少しお話ししておきますと、アメリカでは、株主というのがどんどん変化していったのです。変化していく中で何が起こったかといいますと、 もともとは会社の経営が気にくわなければ株を売ってさようならというのがアメリカの流儀だったのです。こういうのを、当時はウォール・ストリートというのが証券街ですけれども、 ウォール・ストリート・ルールというふうに呼んでいて、つまり調子が悪くなったら、株主から見放されて、どんどん株を売られるぞというふうに言われていたわけなのです。 ところが、アメリカではだんだんだんだん投資家の株主の規模が大きくなっていきまして、特に公務員退職年金基金という、カリフォルニア州公務員退職年金基金というのが一番有名ですけれども、 カルパースと呼ばれていますが、アメリカは私的年金しかありませんので、みんな給料を積み立ててファンドをつくっているのです。そのファンドがどんどん運用するために株を買うわけなのです。 この規模がどんどん大きくなっていったことによって何が起こったかというと、一たん投資した会社が気にくわなくなったからといっても、簡単には売れなくなってしまったのです。 投資の規模が大きいですから、売った途端に値崩れを起こして、自分で損をかぶることになりますので、売れなくなってしまったのです。
そこで何が起こったかというと、1980年ごろに、アメリカのこの経営ではとてもじゃないけど我慢できないということで、それで株主が反乱を起こすのです。 それで、経営者のクビを切る話になり、そして、そのために社外取締役を大量に採用して、そして改革を始めるわけなのです。 これがアメリカのコーポレート・ガバナンスの改革というふうに言われていて、ここからアメリカはどんどんどんどんよくなっていったのです。 もともと取締役会に強大な権限がありますから、独立性さえ確保すれば、それは大陸どころの話ではありません。 よっぽどいいことになるということで、ドイツとかフランスを追い抜いて、アメリカのコーポレート・ガバナンスが世界一だというふうに言われる時代を迎えることになるわけなのです。
 この後、アメリカは何をしたかといいますと、世界戦略に出まして、これからはグローバリゼーションの時代だからということで、世界各地にアメリカのルールを植えつけさえすれば、 アメリカの企業はどこに行っても自分のユニフォームで活動できるということで、世界戦略を始めまして、世界中の国の会社法をアメリカ法の導入に向けて支援をし始めるわけです。 むしろ、支援と言っていますけれども、アメリカ法をそこに植えつけているわけです。そうすると、郷に入っても自分の流儀でできるという話ですから、こんな楽なことはないということで、 世界戦略に走るということになっていくわけなのです。
 さて、ちょっと海外の話ばかりしてまいりましたが、日本のコーポレート・ガバナンス、レジュメの、次のページのスライド番号5のところに、日本型のコーポレート・ガバナンスというふうに書きましたが、 この形、何か変ですよね。何で変ですか。四つ局がないですか。どこの国も三つなのですよ。三角形か縦に3列かなのです。日本は四つあるじゃないですか。何か変ですよね。何で四つになったのですか。もうわかりますよね。 これはドイツの三角形が残っていますよね。株主総会があって、代表取締役まで、三角形が残っていますが、その間に取締役会というのが入ったことによって、右側に縦に3列がくっついた形になっていますよね。 こういうのを日本語で何というのですか。木に竹を接ぐというふうに言うのですよね。何で竹を接いだのですか。それは日本が戦争に負けて、アメリカの占領下に入り、アメリカ法を導入したからなのです。 つまり、日本は戦争に負けた後、アメリカ法に従って会社法を改正したわけです。昭和25年に改正を行ったわけですが、そのときにアメリカの制度をここにくっつけたわけです。くっつけたらこうなったのです。 もともとの三角形に、アメリカの縦に3列がくっつきましたから、世界で最もいびつな形になったわけです。
 この後、何が起こったかというと、これがいいところがくっついたならいいのですよ。悪いものがくっついたまま、今までずっと続いているということです。 もう皆さん、先ほどの話を聞いていて、大体勘のいい方はお気づきだと思いますけれども、日本の監査役、独立はしていますよ。ものすごい独立しています。 つまり取締役からは一線を画して監査だけをするという仕事ですから、誇らしいほど独立性を持っていますが、権限はないです。社長をクビにしたりすることはもちろんできません。社長の報酬を決めることもできません。 取締役会でも、意見は陳述できますけれども、議決に参加することもできません。ですから、監査役というのは独立性はありますけれども、やっぱりお客さんのままなのです。 それに対して、海外の投資家は当然見透かしていますから、この監査役ではだめだろうと。昔の大陸のときの監査役、昔のやつが残っているんじゃないのと言っているわけです。 それに対して日本は、いやいや、私どものところには取締役会というのがあって、取締役会が社長をクビにしたり報酬を決めたりとかしていますから、 権限がちゃんとある人がコントロールしていますから大丈夫ですよといって逃げるわけです。
 ところが、今度アメリカの人がやってきまして、そうすると、この取締役会と代表取締役の関係は、昔のアメリカの形のままではないかと。取締役会を牛耳っているのが社長だったら、 何のコントロールもきかないでしょうというふうにアメリカの人が言ってくると、いやいや、大丈夫なのですと。日本には独立した監査役というのがいますからといって、ここまでずっとしのぎしのぎ、逃げ切ってきたわけなのです。 ですから、日本のコーポレート・ガバナンスというのがずっとこのまま温存されてまいりましたけれども、世界はいろいろと考え、考え、何とかしていかなければいけないとてこ入れをしてきたのですけれども、 日本はその両方の問題点を抱えながら、他方が存在していることによって、そこで何とかこれをミックスさせることで乗り切っていこうという、そういう動きをずっと続けてきたということなのです。
 この状態は、もちろんこれで乗り切っていけるのだったら問題はないのです。ガバナンスというのは、それぞれの会社が勝手に考えればいい問題であって、何も法律が強制するようなものではないのです。 よければそれでいいのです。ところが、実際には不祥事は起こります、株価は上がりません。そういう状況の中で、 もうちょっとてこ入れをする必要があるというふうに考える人たちも少しずつふえてきているという状況になっているわけなのです。
 ここは、最終的には、今回、社外取締役は法律によって義務化はしなかったのです。最後まで意見は分かれました。やりたくない人たちに放っておけばいつまでもやってくれないから、 ここはちょっと厳しいかもしれないけれども、法律で義務づけてしまえという声は盛んに起こってきたわけなのですが、そこは先ほどお話をしたように、ガバナンスは経営をする人たち、株主たちが自由に選択していくもので、 評判が下がって損するのは自分たちなのだから、自分たちで決めればいいではないかという意見がベースには置かれるようになっています。
 しかしながら、他方で、我が国の法律自体が、こうやって改正しましたよ、義務化しましたよということで世界にアピールしてくれることを望んでいる人たちもいるのですよね。 つまり、自分の会社の個別のガバナンスを一つ一つ説明するのは難しいのです。あなたのところは、その制度は、社外取締役は義務化されていないけれども、私は導入しているのですというふうに説明しても、 日本という国は義務化していないんだよねというふうにしか認識してくれない人が多数いるところで、いくらうちは頑張っていますといってもなかなか伝わらないと。 それを、日本を挙げて全員で、みんなで社外取締役を導入することにしましたということの、この宣伝効果を、できればそれを実現させてほしいという、そういう思いの経済人もたくさんいるという中で、 さはさりながら、自由に任せろという人たちが残っている中で、今回の改正は最終的な形をとることになったと。後ほど説明するということであります。
 一言まとめをさせていただきますと、このガバナンスシステムは、今、全世界ではモニタリング・システムというのになっていまして、独立した監視機関が強大な権限を持ってコントロールするということで帰着しているのです。
 つまり、形は三角形であれ、縦に3列であれ、その形の違いではないのです。監視する人がまず独立性を持っているということが第一なのと、もう一つが、強大な権限を持っているということ。 これがミックスされていることがモニタリング・システムと呼ばれていて、世界共通のガバナンスの向かうべき方向と言われているわけです。
 ところが、日本の場合には、申し上げたように、独立性はあるけれども権限に乏しい監査役会と、権限はありますけれども独立性に乏しい取締役会がミックスされているという状態ですから、 何らかのてこ入れは必要なのではないかというふうに考えられているということになるわけであります。
 さて、そこで会社法の改正に至ったわけなのですが、審議の経緯については、もうお話をいたしません。成立いたしました。26年の6月20日に成立したと。今、施行を待っているという話でございます。
 実は法案のほうを御存じの方は、要綱との間に若干の違いがあるのです。かつて会社法改正のセミナーとかを受けられて、要綱の話を聞いていた方は、法案との間に違いがありますので、 幾つかちょっと確認をしておいていただければというふうに思います。
 一つは、要綱の中には、金融商品取引法に違反した人の株主総会での議決権を停止する措置というのが立法される予定だったのです。ところが、これは残念ながら見送られてしまいました。 なぜ見送られたのかといいますと、これについては、法律をつくるときには、内閣法制局という役所があるのです。よく憲法の番人といって出てくる人たちで、最近、集団的自衛権の関係で、 かなりの人たちが盛んに内閣法制局がいいのか悪いのかという話を一生懸命やっていましたが、内閣法制局が、最後、法案審査というのをするのです。法案でチェックをしまして、これはだめだというふうになる場合があるのです。 それは、日本中の法律と矛盾している可能性がないかどうかを調べるのが彼らの役所の役目ですから、この条文をつくると、こっちの条文と矛盾してしまう、この条文をつくるとこんな概念が影響を及ぼして、 ほかの解釈に悪影響を及ぼすというようなことを徹底的にチェックするという形になるのです。最終的には、そこでその関門を通らないと、内閣法制局を通過しなければ閣議決定というのができませんので、 最終的には法案としてはそこから条文にはならないという話になるわけです。
 今回、この差し止めの請求の制度については、条文、幾つも案を法務省は持っていたのですけれども、どれもだめだということで、成案を得ることができずに、ここをちょっとカットいたしまして、 その成立を見送ったという形になっています。この点が1点です。
 それから、法案では、監査・監督委員会(仮称)というふうになっていたものがあるのですが、今回、条文ができましたので、名前が決まりました。それは監査等委員会設置会社という名前に決着したということであります。
 今日はあまり技術的な話はするつもりはないのですけれども、日本には委員会設置会社と言われているものがありまして、これは取締役会の中に三つ委員会があるのです。 指名委員会、監査委員会、報酬委員会という三つの委員会があるということなのですが、この三つの委員会のうちの監査をする委員会、これにほかの権限を集約したような形で、 これを一つの委員会にまとめてしまおうというのが監査等委員会設置会社というものであります。監査委員会設置会社というと、二つ削ったようなイメージになってしまいますので、監査等という、 役人が好きな「等」というやつですね。これを入れておくと、何となく後から、この「等」の字の中に書いておいたんですよ、みたいなことで説明ができるので、「等」というのをよく入れますけれども、 監査等委員会設置会社というのは、監査委員会設置会社だと、これ一つになってしまったみたいなイメージがありますから、監査委員会を中心としながら、 これまでの指名委員会や報酬委員会の持っていた権能を一部引き継ぐような形で、監査を中心とした委員会を一つつくりますと。監査等委員会設置会社と言われるものを一つつくるということにした、 これがネーミングの変更でございます。
 それから、今、三つ委員会があるやつを委員会設置会社というふうに呼んでいたのですけれども、この委員会設置会社は、今度は指名委員会等設置会社という名前に変わりまして、この名称が変更されたと。 今まで委員会設置会社と言っていたのですけれども、そうなりますと、監査等委員会設置会社との区別がつかなくなりますので、指名委員会等設置会社と監査等委員会設置会社というふうに名前を区分けすることにしたということです。
 ですから、我が国の大きな会社の場合、公開会社の場合は、通常、監査役を置いている監査役会設置会社と言われているものと、指名委員会等設置会社と名前を書いた従来の委員会設置会社と、 それから、監査等委員会設置会社いう新しくできたもの、この三つの中から選ぶという形に今後は変わっていくということになるわけです。
 それから、後ほど社外取締役不設置の場合の説明というのが今回中心的なテーマになるのですけれども、従来は、要綱の段階、要綱というのは、私も参加していました法制審議会でこの要綱をつくったわけなのです。 会社法改正のための法制審議会で要綱というのをつくったのですが、そのときは、説明というのは、例えば6月に株主総会をやるところがありますよね。 これは上場企業などの場合には、3月末を決算日というふうな形にした場合に、そこから基準日の有効期間が3カ月ですから、したがって4、5、6月までの間に株主総会をやってしまわなければいけないということになるのです。 その3カ月間の間、いっぱいいっぱい使って監査等を行っていくわけでありまして、通常は6月の末のころに 実際上、株主総会を開くと、こういうやり方になっているわけであります。
納税のことを気にされる方がいるかもしれませんが、大会社の場合で、会計監査人を設置している場合については、決算の確定というのは株主総会ではありませんので、取締役会で確定することができますから、通常、前倒しで確定をして、 納税をしてしまって、そして最終的には報告だけを株主総会に行っているという、こういう実務になるわけであります。
さて、この6月総会というのをイメージしていただきますと、6月総会で、もともとの要綱では、昨年度、うちの会社に社外取締役がいなかったのはなぜなのかということの説明をすると。もう過去のことですよね。 終わってしまった年度の話なのです。事業報告として、昨年度の事業の報告をするわけです。その中で、我が社には、昨年度、社外取締役はいませんでしたと。社外取締役がいなかった理由はこういう理由なのですという、 過去のことを言うという、こういうアイデアだったのです。ところが、これではだめだということになりまして、今回、新しい会社法では、実は大きな改正が行われていて、どう変わっているのかというと、今回、 株主総会で新たに取締役を選任するという議案が出ているとしますよね。そのときに、その議案の中に、社外取締役の候補者がいない、その場合には、 なぜ社外取締役の候補者がいないのかということの説明をしなければいけないというふうに改正されているのです。これ、180度違うのですよね。同じものだと思われているかもしれませんが、実際のところ、 法制審議会で考えていた結論と、今回通過した会社法の内容は180度違います。過去のことも言い、さらに将来のことも説明するというふうに、将来のことの説明が加わっている部分、 相当程度影響は違っているということになるわけであります。過去のことであれば、過去のことについて、株主総会でいくら説明におかしいことがあったとしても、その年の株主総会の決議には影響はないですね。 それは事業報告の仕方が悪かったという話の問題ですから、それは説明不足だったことが何かもし損害などをもたらせば、それは任務懈怠で423条責任とかが発生する可能性はあるかもしれませんが、 議案とは関連性がありませんから、去年の話ですから、今回のこととは関係ないのです。ところが、今回、取締役の選任に際して、候補者に社外取締役がいないということの説明を求められているということは、 その説明にミスがあれば、決議取り消しの訴えの対象になるという可能性があるので、これはものすごく厳しい内容になっているということなのです。そういう変更が、実は今回、 会社法の改正の法案審議の中で起こったということを少し注意しておいていただきたいわけであります。
 それは、次をちょっとめくっていただきますと、細かな字になっていますから、このあたり、見ても大体眠くなると思いますので、ポイントをかいつまんでお話をしますけれども、スライド番号14と書いてある、 次のページの自民党による修正というタイトルがついているところ、ここで実は修正されたのです。つまり、内閣の閣議決定が行われて、法案を提出するという、その段取りをする前の段階で、 今の政府・与党は、法案審査というのを先に党内で行っているのですよね。これは御存じの方、多いと思いますけれども、昔から自民党はそうだったのです。自民党というのは、閣議決定する前に、 審議をする国会のほうの主立った委員会を党内に持っていて、そこの委員会で承認をしないと閣議決定させないというやり方をとってきたのです。逆に言うと、そこでもう通っているわけですから、閣議決定すれば通過するという、 こういうどっちが先なのかという話なのですが、これをしないでやりましょうと言ったのが民主党政権で、だから民主党政権は、党との間のぎくしゃく感が政府との間で起こって、先に政府が決めてしまった、 でも党のほうはまだ了解していないぞみたいな話が時々起こって、国民目線から見ると、これってもうちょっと話を先にしておけばいいのにみたいな、段取ればいいのにというようなイメージが若干あったかと思いますが、 この先に根回しをするというのがいいのか悪いのかという問題も実はあるわけです。ただ、根回し文化でありまして、先に根回しをしておいて、決める人に、これでいいですかと言っておけば、閣議決定しても、 後からぎくしゃくしないで通りますよと、そういう話なのです。
この自民党の、実は過去の会社法改正、私も長年ずっと法制審議会をやってきました。もともとの会社法、平成17年につくったときも法制審議会のメンバーだったのですけれども、 その当時、悔しい思いをしていたのはどうだったかというと、高い球を投げていたのです、要綱のほうが。要綱のほうが高い球を投げて、ぜひこうしてくれというふうに言うと、与党審査でバツがついて、押し戻されていたのです。 つまりどういうことかといいますと、私どもはさまざまな社会のためのルールをつくっていますから、いろいろな人たちの利害関係人がいるので、会社経営者の意向だけが反映するような法改正をしようとは思っていないわけです。 ですから、それはもちろん、会社の経営をしている経団連の人たちの意向というのは大事だと、それは最も大事なユーザーですからね。でも、利害関係を持っている人はたくさんいるわけです。例えばそこで働く人たちも関係するでしょう、 さらには取り引きをする人も関係する、お金を貸している金融機関だってあるじゃないですかと。経営者ばかりがいい思いをするわけにはいかないですよねということで、多くの人たちの利害を調整するために法律の案を、 ここのあたりがいいのではないかといってやっているわけです。ところが、そうなると、結局経済界のほうから見ると気にくわない案でまとまってしまうわけです。その中で、10個ぐらい気にくわないものがあるとすると、 最後、今までは、しようがないから、最後のところで10個全部というふうにはいかないので、(テープ反転)とって、10項目、最後押し込んだと。そこで、最後、経済界とも折り合いがついて、法案審議に入ったはずなのに、 最後、あと2個ぐらい、また押し戻そうと思って、自民党の族議員の方々とかに圧力をかけて、そこで押し戻してもらうというやり方がほとんどだったわけなのです。
 ですから、どちらかというと自民党のそこの法案審査というのにかかりますと、何が起こるかというと、せっかく高い球を投げたのに、二つぐらい削られたよねというお話だったのです。
 ところが、今回は全く違ったのです。何かというと、この球は低過ぎると。珍しいのです。経済界は嫌がっていたので、私たちから見ると、経済界がゼロだとすると、10ぐらいのところの球を投げたのです。 普通だったら戻るわけです。5ぐらいのところに戻りそうなところなのですが、20にしろというふうに自民党が言ったのです。ですから今回みたいな話になったのです。普通だったら、去年の話をすればいいでしょうという話でしょう。 去年の話でお茶を濁しておけばいいじゃないですか、それでも十歩前進ですよねという話だったのに、今回の話をしろという話が、相当高い球を投げろというふうに言ったということなのです。
 ここは、やっぱり今現在の政党の位置づけ、あるいは経済界の状況というのをよく見据えていく必要があるということです。簡単に言えば、経済界自体は、とてもではないですけれども、一枚岩ではないということです。 昔、経団連というと、一くくりで経団連だったのですけれども、今や経団連といっても、どれが経団連だかわからないのです。同友会といっても、どれが同友会なのかわからないという状況なのです。一枚岩ではとてもないわけです。 これはよくあるのです。私たち学会にいまして、大学で法律をやっていますと、通説というのがあるのです。通説というのは、普通の考え方からいくと、多数の人が支持しているということですから、 きっと多数決をとったのだろうというふうに思いがちですけれども、多数決なんかしていないのです。ではどうやって通説は決まっているのかというと、数でないことは大体おわかりですよね。数ではないのですよ。 あの先生が言っているからとか、あの人は偉いからみたいな、そういう話なのです。これが伝統的な通説の意味なのです。この分野の大家の何とか先生が言っている説明なのだから、これが通説に違いない、こういう話だったのです。 従来、我が国はそういう話だったのです。ですから、経団連というと、あの経団連を代表する日本有数のあの企業が反対しているのだから、経団連は反対なのでしょうと、これで経団連は一枚岩で理解されてきたのです。 ところが、今やその人たちが数社、社外取締役の義務化に反対はしていましたが、残り大多数の人は、むしろ導入してくれという意見が多かったのです。ここが読み間違いの部分でありまして、経団連といったら、もう通説ですから、 あそことあそことあそこですよ。名前を言ってもいいですけれども、大体皆さんおわかりのところです。そのあそことあそことあそことあそこが反対していたから、これは経済界は反対という位置づけになっていたのですが、 実は陰では、むしろこれを導入してよと。なぜなら、もううちの会社には十分社外取締役を採用しているからという会社のほうが数としては多いわけです。その人たちは、自分が世界に向けて、 うちの会社はやっていますと言っても伝わらないのです。日本全部を挙げてそういう制度に変えましたという、このインパクトこそが欲しかったわけです。ですから、そっちのほうを支持している人が多かったのです。
その結果どうなったかといいますと、結局のところは、あの会社とこの会社とこの会社が反対しているからと言っていたものを踏まえて、経済界とばちばち戦っているように見えていましたけれども、実際のところは、 もっと高い球を飛ばせるのではないかというふうに自民党は考えて、修正を促したという形になっているわけです。
 実際、どうなったかというと、あの会社もこの会社もあの会社もみんな社外取締役をもう既に導入してしまったのです。絶対最後まで入れないと言っていた会社がいち早く入れていますからね。
 ですから、ある意味では、最後のところは形の上ではそういう闘争になっていましたけれども、実際は、やっぱり経済界もそこで一枚岩に戻って、社外取締役の導入に向かったほうが得策だというふうに踏んだというのが今の現状で、 そういう意味では、ここでの議論というのはやや古かったという感じもしないわけではないということであります。
 さて、その社外取締役なのですけれども、今の話で大体、ちょっと長々と前半戦、お話をしましたが、アメリカ型のガバナンスシステム、我が国もそれを一部承継しているわけですが、このガバナンスシステムにとって、 社外取締役はとても重要なキーマンなのです。なぜかというと、その人がいることによって、社長と取締役会の独立性が確保されるからなのです。これが人材をちゃんと得て、社外取締役という人たちを多数配置することができるような、 そういう形の法案が、そういう制度ができ上がるということになりますと、日本もようやく取締役会に独立性が持たされるようになったのだよねという、そういう時代が伝わるようになってくるということです。
 先ほどちょっとアメリカは世界戦略として、この委員会設置会社、この形、これを世界で一番いいユニフォームだといってこれを売り始めたと申し上げましたよね。大体皆さん御存じのとおり、ルールを先にとったほうが勝てるのですよね。 オリンピックだってそうです。昔、日の丸飛行隊といって、いつも日本人ばかりが飛んでいたじゃないですか。私も札幌オリンピックのころは小学生だったと思いますけれども、あの歌を歌っていましたよ、学校で。 虹と何とかのバラードみたいなやつを一緒に学校で休み時間に歌って、航空写真をとって、そしてみんなで応援していました。あのころは、どう考えたって日本人しか勝たないという、そういう形です。 ところが、ルールが変わったので勝ちにくくなったのですよね。昔は日本人は背が低くて体重が軽いですから、同じ板に乗っていても高く飛ぶ、遠くに飛ぶというのは当たり前だという話だったのです。 それを、体重と板の長さを連動させるようなルールに変えた途端に、なかなか勝てなくなったと。それでもレジェンドは頑張りましたけれども、それでもやっぱりなかなか飛べないという状況ができた。 それはルールが変わるからですよね。ですから、必ず柔道にしても何にしても、どこかの国が勝っていれば、そこに新しいルールができてきて、ルールを自国に有利なものにもっていけば、 それによって自分たちの有利なものができると、それはアメリカは戦略的にずっとやっているわけです。ですから、今回のTPPだって同じようなものですよね。 ルールをとにかく自分たちのルールのほうにここのエリアを決めてしまえば勝ちだという、そういう世界です。それに負けてはだめなのです。 ですから、どんどん日本型のルールでルール合戦をやっていかなければならないということになるわけなのですが、こういう形でアメリカは世界に行ったわけです。 そうすると、どこに行っても同じユニフォームですから、同じルールですから、絶対勝てるということにしていたわけなのです。
 ちょっと今思い出したので、一言言っておきますが、私は今、中央大学の陸上部部長というのをやっていまして、頭をいつもよぎっているのは箱根駅伝なのですが、大分苦しい思いをしていますので、 今年ちょっと厳しいかもしれませんけれども、そのときは御勘弁いただければと思っていますが、それはそれで結構なのですが、とりあえずルールを押しつけたわけです。 押しつけたのだけれども、エンロン事件というのが起こりまして、これ、欠陥ユニフォームではないかというふうに世界中から言われたのです。買ってはみたものの、こんなユニフォーム、だめではないかと、 不祥事が起こるようだったらだめではないかというふうに言われたので、アメリカはどうしたかというと、これをますます強化したのです。それまでは社外取締役の比率は低かったのです。 ところが今、アメリカは、取締役会全体の過半数が社外者でなければいけない、そして、この委員会は全員が社外者でなければいけないというルールに変えているのです。もう社外者だらけなのです。 結局利害関係のない人によってチェックを受けるという仕組みで、それで自分の経営をやってもだめだったらすぐにクビになるという、そういう形です。ですから、わかりやすいイメージでいきますと、 今回、ワールドカップで結果を出せなかったですよね。そうすると、静かに経営者はいなくなるわけです。監督ですね。セレモニーも何もないわけです。
仲間がちょっと見送りに来てくれて終わりという、こういうものですよ。つまり成績を上げられなかったり、不祥事が起こったらすぐにクビになるという、そういう話なのです。 つまり、経営者というのはそういうものだと。つまりそれぞれの会社の中で、結局、結果を出せるか出せないかということで、能力を買われて雇われて来る人であって、結果を出せなければ静かに帰っていく、 うまくいったら報酬が与えられるという、こういうものにアメリカは徹底的に変えていっているということなのです。
 こういうような形の中で、実は社外取締役に一体何が期待されているのかというのを、ちょっと戻りまして、レジュメのスライド11枚目のところを見ていただきますと、 どうですか、社外取締役といって、皆さんがこんなものを義務化する必要がないのではないかと思っているときにイメージしているのは、アドバイザーだと思うのです。 つまり、経営の経験のある人がいて、有名な経営者、日本にもたくさんいますよね。そういう人たちを社外者として呼んでくれば、自分の経営者が普通にいて、自分の足らざるところをアドバイスしてくれる、 そういう人なのではないかと、こう思っていますよね。こう思っていますと、それは必要だと思った人が雇えばいいではないかと。別に法律によって必ず雇えという必要はないではないかという結論になるのです。
 どうしてこういう結論になるかというと、社外取締役に期待しているもの、社外取締役の役割の認識がその程度であれば、法律が関与するものではないわけですよね。では世界は何を期待しているのか。 日本で一番通用するのは、不祥事防止の役割を果たしてくれるのではないかという期待感ですよね。どういう視点かといいますと、やっぱりしがらみという問題があるじゃないですか。 あの人、私を採用してくれた人だよねと。私を部長にしてくれた人だよね。私を取締役に推挙してくれた人だよねと。だから、横領しているけれど、目をつぶっておきましょうかということになりはしませんかねということですよね。
 あるいは、場合によっては、ここで下手に青くさいことを言うよりも、じっと我慢で静かに目をつぶっていれば、次は今までの部長から取締役、執行役員から取締役とか、してくれるのではないかという将来への期待感。 過去のいわば感謝というのでしょうか、そういった恩義、それと将来の期待感、こういったようなものがしがらみの中身だと思うのですけれども、こういうものがあると、結局は不祥事を見つけても、 半分以上は目をつぶってしまうのではないかと。これが社外者であれば、本当の社外者であれば、この人はだめではないかというふうに言うわけですよね。なぜかというと、自分は別に職業を持っているわけですから、 それによって、おまえなんか要らないと言われたら、そんなものは机をたたいて出ていけばいいと。そのインセンティブになるのは何かというと、目をつぶると、結局自分も責任を負わされるのですよね。隠蔽ですから。 あなたも荷担したでしょうと言われるのが嫌なので、ですから利害関係のない人は、そんなことで荷担して、自分のこれまでのやってきたことに傷をつけるぐらいだったら、そこではっきりとブレーキを踏んだほうがいい、 こういう役割を果たしてくれるのではないかという期待感があるわけですよね。これが日本での恐らく社外取締役に対する期待感で、この話をすると、やっぱりいたほうがいいのかなという感じになるのです。
 ところが、だったら別に不祥事を起こさなければいいではないかと。社外取締役が全てではないでしょうと。コンプライアンス、コンプライアンスと言われていて、いろいろなことを仕組みをやっているのだから、 不祥事防止策はたくさんあるので、社外取締役なんていうのは要らないのではないかと、こういう話になるわけです。
 ところが、世界の人たちが言っている社外取締役に対する期待は、これにとどまらず、むしろ不祥事の話などというのは小さな話なのです。社外取締役に期待しているのは、利益相反を監督してくれるという役割。 意外に気がつかないかもしれないのですけれども、会社の経営って、やっておられる方は御存じだと思いますが、いろいろな利益相反があるのですよね。つまり、取引先の選別にしても、 本当にもうかるほうを選んでいるのかというと、実はそうではなかったりする場合があるわけです。経営者自身の利になるほうを選んでいる場合というのがあるのです。
 例えば合併先というのがあります。対等合併なのか違う合併なのか、比率がいろいろあります。株主にとってみると対等合併のほうがいいのだけれども、比率が悪いような合併も、案がこちらにあります。 これ、トップシークレットなので、この話は誰も知らないところで経営者が決めるのですよね、最終的に、合併先は。こっちは闇に葬られるので、しようがなかったのです、この案しかなかったのですというふうに言って、 株主に不利な合併のほうを選んでいる可能性があるのです。理由は、こっちと合併すれば自分は経営者として残れるという約束があった。こんなことだらけなわけです。こういうようなことがまかり通っている、 そういう経営というものに対して、株主が不信感を持っているわけです。親会社、子会社間で取り引きをするときに、親会社に利益を流しているのではないか、子会社に利益を流しているのではないか、 兄弟会社にお金を流しているのではないか。事実上、いろいろな形で、おかしい、不合理な経営がたくさん行われているのではないかと。 このことを、中に人がいれば、おかしいと言ってくれる人がいるのではないかという期待感のほうが圧倒的に高いわけなのです。不祥事よりも、日常の健全な経営に対する監視者、それを内包してくれていることに対する期待感なのです。 別にそれは悪いことではないのですよ。取り引きですから、自由なので、こっちでもいいし、あっちでもいいということなのですが、その自由な取り引き、幅がある中で、 合理的な選択を監視してくれるかどうかということに対する期待感が強いわけなのです。
この期待感を考えてみると、次に要件の見直しというのを書きましたけれども、要件のところに大きな問題があるということがわかるわけなのです。どういうことかといいますと、要は社外取締役要件というのは、ここに社長がいますよね。 この他の取締役、これは同列の取締役というか、ちょっと下の取締役かもしれませんけれども、同じ取締役というのは、社長をコントロールするという力がないですよね。むしろ社長に選ばれているという形ですから、無理だと。 この会社の従業員の人、これも無理だよねと。この人が社長に、社外取締役になったからといって、一方で部下でありながら、社外取締役といっても、こんな人が役に立つわけがないでしょうと。 同じように、子会社の社長や子会社の取締役、子会社の従業員、こんな人たちはこの人から見ると、みんな力が下のほうの人たちだから、こんな人たちは社外取締役としての資格はないよねと言ってきたわけなのです。
 それに対して、この会社の親会社がいるじゃないですか。この会社の親会社は、この人を事実上、選んでいる人ですよね。親会社の社長、親会社の取締役、親会社の従業員、こういう人たちは、むしろこの人にとってみると、 親会社の関係者の人だから、刃向かえませんよねということで、この人たちはパワーがあるから、この人たちこそ社外取締役にふさわしいと、こう考えてきたわけです。
これはどういう背景にあるかというと、不祥事防止の発想なのですよね。不祥事防止という点でいくと、この人が悪さをしそうになったときに、やめろと言える人は誰かというふうに探していくと、 仲間は言えません、部下は言えません、子会社は言えません。でも親会社関係者は言えますよねと。だからこの人たちは社外取締役としてふさわしい人というふうに、こう考えてきたのです。
 ところが、利益相反を監視する人という点で考えてみますと、親会社は最も子会社と利益が一致している会社なのですよね。親会社関係者が社外取締役としてふさわしいなんて 考えている国はどこにもないのです。おかしいですよね。つまり社外取締役は利益相反の監視役だというふうに世界中の人は考えているのに、親会社の取締役を社外取締役として招いていますといったら、 何、この国はという話になりますでしょう。ですから、今まで日本は、社外取締役というのを、この人の不祥事防止という発想しか持っていなかったので、親会社からどんどん人を入れてきて、親会社の人がブレーキを踏めばいいでしょう、 親会社の人の言うことは聞くでしょうと、こういう話になっていたのですが、利益相反の監視役という点で見ると、最もふさわしくない人、この人を招き入れているだけですよねということになっていくわけです。
 そこで、今回の改正では、これは不適格ということになりまして、親会社関係者の人は会社法上の社外取締役の資格はありませんということになったという、こういう話になっているわけです。 他方で、我が国の場合には、過去に一度たりともこういう地位にあった人は全部だめですというルールになっているのですけれども、諸外国は通常、3年で年季が明けるのです。 3年たったら、昔はどうだったにせよ、今はもう独立していますよというふうに考えるのが諸外国で、3年、5年、10年というのが一般的です。通常は3年か5年ですね。我が国は、今回は10年で切りました。 10年たったら年季が明けるということで、過去、こういう地位にあったとしても、それは関係がなくなりますよと。社外者としての資格がありますという、こういう話になります。
 例えば、ある会社のIT関係の大手企業が、あのベンチャーの旗手と言われているIT関係のあの彼を社外取締役として導入しようと思ったときに、ちょっと待ってくださいと。彼は最初、うちの会社に勤めていましたよと、昔。 うちの会社に3カ月だけいましたといっても、過去に一度たりとも関係していたらだめというと、その人は招けないわけですよね。でも最もふさわしい人かもしれません。独立性が高くて、経済界でも発言権のある人、 そして知見のある人であって、この人をそういう意味ではふさわしい人として招こうと思っても、過去に一度たりとも何らかの形で関係があったらアウトですという制度をとっていますと、導入できなくなりましたが、 今回は10年で一応切りましょうという、そういう制度にしましたということであります。
 あまり時間がありませんので、13ページのところの話でありますが、この話は、実は先ほど言ったのですけれども、今回の改正は、社外取締役を置けというふうには言わなかったのです。 義務化はしませんと。そのかわり、置いていないのであれば、理由を説明しなさいという、comply or explain という、そういう考え方なのです。コンプライ、適合しなさい、or、さもなくば説明しなさいという、 そういう考え方を導入することにしたわけです。
そのときに、説明の仕方についても、ちょっと面倒くさい説明の仕方を要求したわけでありまして、設置することが相当でないという理由を説明しなさいと。設置しないことが合理的だという説明は意外にしやすいのです。 設置すると何か問題があるから設置しないのですという説明はしにくいですね。ですから、今回は設置することが相当ではない、つまり置くと問題が起こるということを説明しなさいというふうに言われたので、 意外に説明の仕方が難しいのではないかと、こういうふうに考えられてきていたわけであります。自民党による修正がありまして、最終的には、法務省令への規定内容という、次のスライド15枚目のところに書いてありますけれども、 先ほど申し上げたとおりなのですが、新たに取締役を選任する議案がかかっているときに、候補者の中に社外取締役がいないという場合には、社外取締役を候補者にすることが相当ではないということを説明しなさいという、 そういう改正内容になったということです。そうすると、株主総会でそのことを言わなければいけないのです。とてもじゃないけど言えませんねということで、よく考えた人は、こんなことを考えたのです。 うちは監査役の中に社外監査役がいるから、それで十分なのですということを言おうというのが何となく経済界の中ではささやかれていたのです。これをひな型にするのだということで、私、今、森・濱田松本法律事務所という、 四つの大きな法律事務所の一つにいますけれども、そこの法律事務所あたりは、通常は、これをひな型にして商売しようと、こう考えるわけです。ところが、今回、自民党はここもちゃんと手を打ちまして、 そういうのはだめだというふうに法務省令に書けと。どうやって書くのか、まだちょっとわからないのです。法務省は今、一番頭を悩ましているのはこの書き方なのですけれども、自民党と約束したのです。 そのようなひな型のような形でみんなが同じことを言うような、そういう結論はだめだというふうに法務省令に書けということなのです。それぞれの会社には個性があるので、 うちの会社の不都合性とあなたの会社の不都合性が同じはずはないでしょうということなので、個別具体的に書けという話を今回要求することにしているので、ますますハードルは高くなっているということです。 そうだとすると、ここまで来て、置かないという選択肢はないでしょうというところまで追い込まれてきましたので、そこで大手のところも、今までずっと反対していて、 その人たちがいたからこんな形になっていたのに、一抜けた、二抜けた、三抜けたと、みんないなくなってしまいましたので、一体何のためにこんなにまで遠慮したのかなという、 そういう形になっているというような状況に今のところは来ているというわけです。
ただ、御存じの方、多いと思うのですけれども、我が国の社外取締役は、世界の独立取締役というのから比べると、かなりゆるいのですよね。世界の独立取締役というのは、取り引き関係のあるところもだめ、 顧問弁護士事務所もだめとか、いろいろなだめ、だめ、だめで、人を選べないような状況になっているのです。そのぐらい独立性についての厳しい基準があるのですが、我が国の場合には、今回出てきましたように、 親会社関係者はだめというのをつけ加えた程度で、だめの範囲は、社外取締役の範囲はかなり余裕があるのです。世界水準でいけばだめだと思われる、独立性がないけれども、 我が国では社外取締役としてセーフというのはまだたくさんあるわけです。ですから、今回、そこで社外取締役の導入に踏み切っているわけです。
しかし、他方で、東京証券取引所は、証券取引所自体はみんなそうですけれども、証券取引所のルールとしては、やっぱり独立取締役を置いてもらおうということで、努力義務ではありますけれども、 独立取締役を置くことに努めなければいけないという上場規則に変えまして、それについての説明を求めるという形に変えてはいるわけであります。ここを義務化されると相当きついと思います。 今、上場企業でも、重要な取引先から来ていただいている方、たくさんいるわけです。これは会社法上ではセーフなわけです。でも、世界水準から見たら絶対だめですよね。取引先ほど利害関係のある人はいないわけですから、 取引先の人が社外取締役であるなどということは考えられないのです。親会社と同じぐらい変なのです。最も変な人がたくさんいるので、まだまだかなというところはあるということです。 ですから、先ほど言ったように、利害関係のない人によってコントロールしてもらうという理想にはまだほど遠いですけれども、我が国は、その中でもそこにちょっと風穴をあけておくことによって、 そこに逃げ道をつくりながら、徐々に文化を植えつけていっているという状況に今なってきているということであります。
 時間がありませんので、あと残りは監査等委員会設置会社の話なのですが、先ほどちょっとここでお話をしましたように、監査等委員会設置会社というのは、三つ委員会があるもののうち、監査委員会に権限を寄せまして、 これに一つにしました。なぜ一つにしたかといいますと、委員会設置会社というのは、3人以上の取締役から構成されていて、うち、過半数が社外者であることという要件があるのです。 ただ、3人でしょう。A、B、Cとかでやりますよね。3人のうち、B、Cというのが社外者だとします。そのB、Cは、実はこの三つの委員会を兼ねることができますので、実はB、C、B、C、B、Cでもいいのです。 ですから、委員会設置会社をつくりたいと思ったときに、最低の社外者人数でつくろうと思えば、社外者が2人いればできるのです。ところが、この見え方は悪いですよね。 一応三つ委員会があって、過半数が社外取締役という要件が書いてあるのに、社外者2人しかいないのですよって、ちょっと見え方が悪いので、今は、本来、6人というのが一つ理想かもしれませんが、そこは多過ぎるので、 4人ぐらいでたすき掛けのような形で、互い違いに組み合わせながら乗り切っているというのが、今の委員会設置会社の基本形です。それでも4人ぐらいは必要なわけです。ちょっと多いですよねということだったわけです。 それを、一つの委員会になりましたので、名実ともに2人でいいですということにしますというところがまずみそなのです。
 それから、指名委員会、報酬委員会というのは、人事と報酬にかかわる委員会なのです。人間は人事と報酬に弱いのですね。ですから、ここをとられることは、やっぱり経営者としてはきついということで、 委員会設置会社、嫌われていましたが、その部分を、今までは指名委員会は案を自分たちで決めたら、次の取締役候補者のリストを決めてしまうわけです。さらには、報酬委員会はそこで報酬の最終決定をしてしまうという、 強い権限があったので、それを監査等委員会というのは、この二つの事柄については意見陳述権を与えると。つまり原案は社長がつくるのです。それに一応意見は言うことができますよという程度の権限にしたので、 通りやすくなりましたねと、こういう話なのです。
 そうしますと、あまり時間がありませんので、一言だけお話をしますと、ここでやっぱり気になりますのは、だったら監査役会とほとんど変わらないではないかということですよね。 ですから、スライドさせてしまったらいいのでないのと。監査役会というのを監査等委員会と呼んで、みんな今いる人たちを取締役と呼べば、できてしまうではないかと、こういう話に実はなるのです。 それをもくろんでいる会社もあるのですが、よく聞いてみますと、監査役としてはこの人はいいかもしれないけれども、取締役としては違う人だよねという感覚が社長の中にはどうしてもあるのですよね。 やっぱり今までの監査役というのは、もっぱらブレーキを踏む人ですから、ブレーキを踏むということについて、世間の人が、この人がいたら最後には必ずブレーキを踏んでくれるだろうという、 そういう期待感を持つような人、強面の、例えば弁護士とかがふさわしいと言われているわけです。何となくブレーキを踏んでくれるのではないかと思われると。 ところが、経営者のほうに、取締役のほう入ってもらうということになると、一緒に経営判断をする人ですから、例えば財務諸表とか、そういうものをきちっと読める人、経営戦略のわかる人、 協会についてある程度理解できる人、経営経験のある人という人にどうしてもなってくるわけです。そうすると、違う人ですよねということで、そう簡単にはここはスライドしてこないのではないかなというふうには言われているわけです。 ただ、少し人は入れかえるにせよ、見え方がこちらのほうがいいのであれば、こちらのほうに移行してくる会社というのは、長い目で見れば幾つかあるだろうというふうに考えられています。
 そこで、法務省はそこにインセンティブをつけようというふうに考えていまして、こっちの水は甘いぞというふうに実はしているのです。どういうふうに甘くしているかといいますと、この監査等委員会設置会社を選びますと、 取締役会で決めなければいけない事項がずっと小さくなるのです。少なくて済むという、そういう考え方になっているのです。今の委員会設置会社、今度、指名委員会等設置会社と呼ばれるところは、 20項目は必ず取締役会に残さなければいけないということになっていますが、それ以外は執行役に全部任せてしまってもいいという法制度なのです。これと同じことを定款に定めるとできてしまうというのが監査等委員会のみそなわけです。 つまり、取締役会というのがあまり使われなくなってくると。むしろ社長が鶴の一声でどんどんできるようになるというところがポイントなのです。
 実は今の委員会設置会社、今度の指名委員会等設置会社と呼ばれているものがどういうものなのかといいますと、私が授業で説明しているのは次のようなものです。今の監査役会設置会社というのは、 エンジンブレーキで進むような会社なのです。アクセルを踏みます。踏んでも、はい、1回取締役会で確認してねといって、一たん足を上げなければいけないのです。そうしますとエンジンブレーキがかかるわけです。また踏みますよね。 もう1回取締役会に確認してねと、取締役会の確認ばかりをするので、そんなにスピードが出ないわけなのです。ですから、ブレーキもあまりきかなくても大丈夫なのです。 よっぽどのときに、最後にぼんと踏むと。教習所の先生みたいに、よっぽど事故が起こりそうなときだけ踏むという、そういう感じのブレーキさえついていれば、ふだんはエンジンブレーキで動いていますよという、こういうイメージなのです。
 ところが、委員会設置会社というのは、これはF1の車ですから、もう社長のほうに権限がどーんと委譲されていますので、社長がばんばんばんばん決めるわけです。取締役会なんかやらなくてもばんばんばんばん決まるわけです。 決まれば決まるほど、どんどんスピードが上がってきますので、最後、どうなるかというと、この三つの委員会でばーっとブレーキを踏むと、こういう仕掛けなのです。
 その考え方からいくと、この監査等委員会設置会社というのは相当危なっかしいのですよね。このエンジンブレーキ型をやめて、定款を変更しますと、 がんがんがんがんアクセルを踏めばびゅーん、びゅーん、びゅーんと行く会社なのですけれども、ブレーキが一つしかない。ちょっと弱いのではないですかねということで、相当危ない感じがするのです。 でも、それは会社経営者にとってみると、とても魅力的にも見えるわけですよね。ですから、この実務が下手に運用されていきますと、世界で最も危なっかしいガバナンスシステムに陥ってしまう危険性があるものであるかもしれません。 そういう意味では、慎重に運用してくいことが必要だということですが、そのような形でインセンティブをつけることによって、法務省はこちらのほうに、こっちの水は甘いぞということで、 このガバナンスシステムへの移行を促そうとしているというのが今回の改正の一つのポイントだということになるわけであります。
 もう時間超過してしまいましたが、私のほうの話は以上ということなのです。ここで一つ、最後に一言だけお話をさせていただこうと思いますが、今日私が申し上げましたのは、会社法の改正という、 非常にテクニカルなお話をさせていただいたのですが、前半部分で私は、ガバナンスについての世界の動きを少し説明しました。その前の段階で私が申し上げたのは、我が国における法制度というものの考え方であります。 我が国の考え方は、一つには、立法者が、これが望ましいといって上から押しつけるという発想が一つあります。日本という国は、それがどちらかというと強い国です。行政国家で、行政の人たちがこれがいいと思ったら、 これをやろうということで、どんどん押しつけてくるという、規制の多い国ですね。大体1万8,000ぐらい、今、法律、規制がありますが、世界標準ですと6,000ぐらいで済むといっていますから、相当多いのですね。 規制だらけの国ということになります。その背景にあるのは何かというと、実は国民がだらしないからという部分があるのです。国民は何もないときにはお任せなのです。何かがあると、ただ行政をバッシングするのです。 そうすると行政は、責任をとりたくないですから、とりあえず事前に規制しておいたほうがいいやということで、規制がどんどんふえていくという、こういう国のあり方。 これが私たちの経済にとっていい面もあれば、悪い面もあるというふうに考えられるわけです。
ガバナンスというのは、ある意味では、私たちの暮らしの中で、どういうふうにして会社を営んでいくのが望ましいのかという、国民目線で考えるべきテーマなのです、本当は。 ところが、私たちはそのことについてあまり議論をしません。結局、国の法律が何か決めてくれるのだろうと思って、口をあけて上を向いて待っているという、そういうことが多いわけです。 そして不祥事が起これば、この社外取締役が足りないことが問題ではないかとか、そういう好き勝手なことは言いますが、自分たち自身の問題としてそれをとらえようとしてこないということが言えるわけです。
 コーポレート・ガバナンスは、国のガバナンスと類似していると申し上げていますが、私たちの生活の大半は企業社会によって成り立っていますので、この企業社会のガバナンスが私たちの生活に直結しているのです。 となれば、その会社に勤めているかどうかは関係がないです。日本の国の形であるわけなのですよね。このことをテクニカルな問題として遠ざけたり、自分たちとは関係がない、自分の会社は会社法の適用がない、 自分の会社は上場していないのだと、こういう話では実はないのです。日本の国の企業社会のあり方はどうあるのが望ましいのかということを、 実は国民目線でみんなが議論できるという国であることが豊かな国であるということになるはずなのです。
 明治の初期に、我々の先輩の人たちは、そういう社会をつくろうと思って、恐らく世界に出かけていったと思うのです。そして世界のものをいろいろ見てきて、そして自分たちの中で選びとっていって、 こういう社会にしていこうということを考えようとしていたはずなのですよね。いつの間にか私たちは他人任せになってしまって、そのこと自体を行政がきっとやってくれるだろう、 政治家がやってくれるだろうというふうに思って、お任せという形になっています。しかし、私たちの生活の大半は企業活動の中で暮らしているわけです。自分の会社だけではありません。 よその会社が不祥事を起こせば、そのことによって影響を受けるわけです。私たち消費者も、そういった不祥事によってさまざまな影響を受ける。私たちの暮らしそのものがきちっと管理された企業社会であればこそ、 しっかりとした社会になる。だからこそみんなで議論すべきテーマだというふうに思うのです。今日は非常にテクニカルな話をしましたが、テーマはもう一度見直していただければ、どこにも書いていないかもしれませんが、 社外取締役は一体なぜ必要なのだろうかという、根本的な問題なのです。そのことについて、できれば今日の話を一つの手がかりとしていただいて、それぞれの方がお持ち帰りをいただき、そして身近な方と、 日本の企業社会のあり方はどういうふうにすればいいのだろうかと。世界の中で日本の国ってちょっとユニークだというふうに言われているけれども、 一体どう変えていけばいいのだろうかということもぜひ話し合っていただきたいなというふうに思っているわけであります。そのことがもし伝わって今日、一言でも二言でも、身近な方とそういう話題を展開していただければ、 私が今日お話をしたことの意味があるかなというふうに思っている次第であります。」

 講演会終了後は、参加者から質問も出て盛会のうち終了。この結果@本学における学術研究の成果を広く社会に普及する事。A本学を世間一般にPRするという所期の目的を達成する事が出来ました。

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平成26年7月16日
第48回ゴルフ大会の開催

 連日厳しい暑さが続いている最中、本年度第1回目のゴルフ大会が、北広島市にある「札幌北広島ゴルフ倶楽部」西コースにおいて開催。
当初12名の申し込みがありましたが、その後3名の欠席者が出て当日は9名の参加となりました。集合写真、注意事項の説明後、午前9時アウトコースをスタートしました。
その結果優勝は柴田昌幸氏(昭和46年・経済・柴田興産(株)・アウト40:イン45)、準優勝は小林 聖宣氏(昭和57年・法・東急建設(株)札幌支店・アウト48:イン45)がそれぞれ獲得しました。 尚、柴田氏は第46回(平成25年7月16日)に続く優勝で、ベストグロス賞も合わせて獲得しました。西山眞吾会長(昭和41年・商・西山製麺(株))から全員に賞品を授与しました。
懇親会は終始和やかな雰囲気で進み、最後に事務局から、来たる7月29日(火)の「中大学術講演会」、8月7日(木)の「札幌支部定時総会」、9月6日(土)開催の「小樽支部との交流ゴルフ大会」への参加要請を願い、和気あいあいの内に散会しました。


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平成26年6月22日
2014年中央大学父母連絡会札幌支部総会・父母懇談会への参加

 本学在校生の父母で組織されている父母連絡会札幌支部総会・父母懇談会へ当支部の檜森聖一支部長が出席されました。
当日は午後12時30分から札幌すみれホテル3階「ヴィオレ」において開催され、澤田信也支部長の挨拶に続いて「2013年度事業報告・収支決算報告・2014年度事業計画・予算・役員改選」が行われ、新支部長に熊坂和也氏ほか役員が選任されました。 熊坂氏は本学の出身(昭和59年・理工)で現在は(株)ビームオンの代表者として活動しております。 引き続いて午後1時10分より父母懇談会が開催され中村昇文学部教授から「大学の近況について」、仲谷康敬法学部事務室副課長から「学業・学生生活について」、堀口博史キヤリアセンター・キヤリア支援課長から「最新の進路・就職状況について」、 次いで「企業担当者・卒業生による就職アドバイス」というタイトル金井重博氏(昭和39年・商・(株)富士メガネ名誉会長)から就職するに当たって非常に参考になるお話をいただきました。 130余名の父母が出席され熱心に聴講されておられました。
終了後は個人相談も実施され、一年生については、東京での生活、二年生以上については、一年間の成績を個人面談の形で関係父母に事務局から話をしておりました。

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平成26年5月29日
支部三役会議の開催

 北海道経済センター3階特別会議室Cにおいて、午後12時より檜森支部長、柴田・舟橋・永井・長谷川副支部長、西原幹事長出席のもと開催しました。
議案第1号「平成25年度事業報告並びに収支決算報告について」西原幹事長より別紙資料に基づき報告了承されました。
議案第2号「学術講演会の開催について」本件については、札幌市教育委員会、札幌商工会議所、協同組合中小企業振興センターから後援、本学父母連絡会札幌支部から共催の承諾を頂きました。 ついては本講演会のPRと参加者の動員を図るためポスター、チラシを制作し下案の要領で周知をしたい
@A1サイズノポスター30枚、A4サイズのチラシ19,500枚を制作する。
A札幌商工会議所・協同組合中小企業振興センターの会員向けに毎月配布している資料の中にチラシ18,500枚を入れ参加者を募る。
B学員会札幌支部会員向けDMにて参加者を募る。
C札幌市市営地下鉄駅の掲示板にポスターを貼り市民向けにPRし参加者を募る。
D北海道新聞等を中心に市民向けPR版に掲載し参加者を募る。
E法人関係の企業に勤務している同門に参加者の動員を依頼する。
議案第3号「支部定時総会の開催について」幹事長より説明、当日は大学本部より深澤武久理事長、学員会本部より久野修慈会長、小畑悟副会長を迎え下記日程により開催しますので同門お誘いの上ご出席下さい。
@開催日時 平成26年8月7日(木)午後6時〜 
A場所 京王プラザホテル札幌3階「扇の間」
B会費 懇親会費7,000円、支部年会費2,000円。尚、総会終了後 卓話「裁判員制度について」 講師 奥田正昭氏(札幌地方裁判所所長)

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